「大トロは儲からない、という常識をひっくり返したのが回転寿司だ」

 クロマグロの大トロであっても、仕入ルートが確保でき、客がどんどん食べてくれれば、回転速度は速まる。1本100万円もするクロマグロを1日で売り切ることができたら、資金が滞留する期間はコハダと同じ1日だけだ。多少安く売っても大トロの握りは儲かる商品に変わる。これが、回転寿司が儲かるひみつだ、と安曇は言った。

スーパーの深夜営業が増えた理由

「もうひとつ例を挙げよう。最近、サラリーマンの多い住宅地で深夜営業のスーパーが増えてきたね。なぜだろうか?」

「コンビニとの競争ですか?」

「それも理由のひとつだが、会計の視点で答えて欲しい。ヒントを出そう。住宅地は夜でも需要がある。それから、商品は現金の仮の姿だ。さあ考えてごらん」

 以前、由紀は母親と閉店直前のスーパーで、半額で生鮮食料品を買ったことを思い出した。売れ残りが生じないように、閉店が近づくと値下げして売り切ろうとするのだ。

 ところが、最近、スーパーが営業時間を延ばしてからは値下げ品が減った。遅い時間に帰宅する人たちが正規の値段で買うからだ。その結果値引き商品も、捨てる商品も減ったのだ。安曇の言うように、商品は現金の仮の姿と考えると、商品を捨てるという意味は現金を捨てることにほかならない。結論が出た。

「帰宅時間が遅いサラリーマンが多い地域では、深夜営業はキャッシュフローの増加につながるからです」

 由紀は自信を持って答えた。

なぜ在庫が増えるのか?

「ところで君の会社だが」

 安曇は話題をハンナに戻した。

「経理の斉藤さんは、利益は出たが、それ以上に在庫が増えたから資金繰りが厳しくなった、と言いたかったのだろう」

 確かに、ハンナの製品在庫は増え続けている。生地在庫もジッパーやボタンなどの付属品の在庫が多い。これらは営業所や工場の倉庫であふれんばかりに置かれている。利益が出ても、今のような経営を続けていたのでは、現金は慢性的に不足する。

 その時、由紀に新たな疑問がわいてきた。

(なぜ、ハンナの在庫は知らぬ間に増えてしまうのだろう。そして、なぜこの寿司屋の在庫は少ないのだろう……)