由紀は、いま考えたことを安曇に説明した。
「考えるポイントは、儲けと資金量だ。確かに一貫あたりの利益は大トロの方が大きいから、コハダより儲かるように錯覚する。しかし、資金量に着目するとコハダに軍配が上がる。それぞれを購入した資金が、再び現金になるまでの時間が第一のポイントだ。コハダは大トロよりずっと短い。君が言うように一日で現金に変わる。だから、コハダは少ない資金を繰り返し回転させる(使う)ことで、たくさんの現金を稼ぎ出せる。しかし、大トロは売り切るまでに一カ月もかかるから、その間、資金が寝てしまう」
安曇は、目の前に並べられたコハダと大トロの握りを美味しそうに頬張った。
「数字を使って説明しよう。この寿司屋は、毎日コハダ100匹を5千円で仕入れて、その日のうちに全て売り尽くす。一方、クロマグロの大トロは月一回、10キロ5万円で仕入れて25日間(1貫50g×1日8貫×25日=10kg)で売る、と仮定しよう。最初に必要な資金は、コハダは5千円、クロマグロは5万円だ。しかし、一カ月間で稼ぎ出す現金の大きさは全く異なる。例えば、コハダを一貫100円(原価は50円)で売れば、1カ月先には最初の5千円の現金は12万5千円(1日の儲け5千円×25日)に膨らむ。大トロを1カ月かけて1貫500円(原価250円)で売るとした場合、増える現金は5万円(1日の儲け2千円×25日)にすぎない!」
由紀は耳を疑った。しかし、計算すれば確かにそうなのである。
「この関係を滞留する延べの資金量から見ていこう。コハダに使う資金5千円は1日で回収されるから、滞留資金量は12万5千円(5千円×25日)だけだ。ところが、大トロをすべて売り切るまでに、延べで62.5万円(5万円×25日÷2)の資金が滞留してしまうことになる。つまり、少ない資金を高回転で回すコハダの方が、経営上圧倒的に有利と言えるのだ」
由紀はハンナの経営を考えていた。新作に備えて、半年前から大量に生地と付属品を購入して在庫にしている。その延べ資金量は軽く十億円を超える。これでは現金が足りなくなるはずだ。
(コハダのように現金の回転速度を速くすることだわ)
由紀は、在庫を減らすことの意味がつかめた。それは、少ない資金量(現金)で商売をすることなのだ!