安曇は熱燗を美味しそうに飲みながら言った。そして、いつもの突飛な質問が始まった。

「君は大トロの握りは儲かると思うかね?」

 1貫500円以上もするのだから儲からないはずはない、と由紀は答えた。

「結論から言うと儲からない。一貫あたりの利益が多くても儲からないのだよ」

 由紀は何のことかさっぱり理解できない。単価の高い大トロが売れれば、儲けは増えるはずだ。にもかかわらず大トロは儲からない、というのである。

「作家の池波正太郎に言わせると、美味しいからと言って大トロばかり注文してはいけないそうだ。大トロはその店のサービス品だし数も限られている。本物の食通は寿司屋と他の客の事も考えて、控えめに注文するというのだ」

 由紀はますます混乱してきた。

「それは食通の話ではありませんか?」

 安曇は首を横に振った。

「いや会計理論的にも正しい。ヒントを出そう。コハダは儲かる。しかし、大トロは儲からない。この寿司屋全体を現金製造機と見なして、考えてみなさい」

 由紀は「儲かる」という言葉の意味を考えた。

 普段使う「儲かる」と言う言葉の意味は、「現金が増える」ことで、会計でいう利益とはニュアンスが違う。安曇教授も大トロよりもコハダを売った方が現金が増える、と言っているに違いない。クロマグロの大トロは、仕入値が高く、しかも、いつも手にはいるとは限らない。そこで、市場で気に入ったクロマグロが見つかれば、多めに仕入れることになる。すべて売り切るまでに一カ月かかるとすると、最初に支払った現金がすべて回収されまで一カ月もかかるということだ。

 ところが、コハダはそうではない。仕入値は安い。一貫あたりの売価も安いから客は気軽に注文する。新鮮さが売り物だから一度に大量に仕入れることはない。一日分仕入れてその日のうちに売り切るとすると、今日仕入れたコハダは店を閉める頃には全て現金に変わっていると言うことだ。

(在庫として留まっている時間が違うのだわ!)