「私はニーチェだ。お前に会いに来てやった」
目の前に立ちはだかった男は、たしかにそう言った。
「えっと、すいません人違いじゃないですか?」
「今日、縁切り神社で、お願いしただろう?悪縁を切り、良縁を結びたい。これまでの古い自分から、新しい自分に変わりたい、と。
「私はお前を“超人”にするために、こうしてやって来た」
17歳の女子高生・児嶋アリサはアルバイトの帰り道、「哲学の道」で哲学者・ニーチェと出会います。
哲学のことを何も知らないアリサでしたが、その日をさかいに不思議なことが起こり始めます。
ニーチェ、キルケゴール、サルトル、ショーペンハウアー、ハイデガー、ヤスパースなど、哲学の偉人たちがぞくぞくと現代的風貌となって京都に現れ、アリサに、“哲学する“とは何か、を教えていく感動の物語。本連載ではいち早く話題の哲学エンタメ小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』の中身を、先読み版として公開いたします。
プロローグ
「“ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず”と方丈記にもありますが、これは古代ギリシャの哲学者、ヘラクレイトスの思想に通ずるところがあります……」
そう言うと先生は背を向け、黒板に字を書き始めた。静まり返った教室にはカッカッとチョークの音が響く。暖かな春風はカーテンをそよがせながら眠気を誘う。
六時間目の倫理の授業は、ただひたすらに退屈であった。私はうつむき、真剣に教科書を読むふりをしながら、机の下でスマホを手に取る。
今日はなんのやる気も出ない。
正直、ものすごく落ちこんでいる。
昨日、あの現場を見てしまってからずっとこうだ。
私には好きな人がいる。たまたま学園祭に遊びに来ていた、立命館大学の大学生だ。
けれど、昨日その彼が、綺麗な女性と仲良さげに腕を組んで歩いているところを目撃してしまった。
そして彼と腕を組んで歩いていた彼女は、陸上部で一緒だった由美子先輩であったのだ。
私と、その彼とは仲良くなって半年ほどだったのだけれど、一ヵ月ほど前から連絡が途絶えていた。
「付き合おう」と正式な交際宣言があったわけではないけれど、放課後に待ち合わせて二人でご飯を食べに行ったり、休日には二人きりでデートを楽しむ仲であった。
しかし、一ヵ月ほど前に「家に遊びにおいでよ」という誘いを断りつづけたあたりから、彼の態度は変わってしまった。
連絡しても「忙しい」を連発されるようになり、「忙しい」は徐々に既読スルーへと変わり、最終的に私から連絡することも、はばかられるようになった。
返ってこないと覚悟しながら、一方的にメッセージを送りつづけるというのは、莫大なエネルギーを消耗する行動だ。
連絡が返ってこなくなってすぐの頃は、「きっと、いま忙しいんだ」と無理やり自分を納得させる理由をつくりだし、前向きに考えてみたり、何かの話題にかこつけて、彼が返しやすいような疑問形のメッセージを送るなど、奮闘してみたものの、あっさり無視される現実を目の前に、ついに私の気力は使い果たされてしまった。