今では「焼酎蔵」まであり、チコリ芋を使って焼酎も作っている

 ナカダ商店はその頃すでに売上が落ちる冬場の収益源として、もやしの生産・販売も手がけていた。野菜と言えばまだ露地ものがメインだったため、冬でも手に入りやすいもやしは貴重で、学校給食などでも重宝されていた。

 一方で、仕事は年中無休。

「その頃は毎日、深夜1時に起床。そこからすぐにもやしを出荷する準備に入っていました。もやしを水洗いし、袋詰めし、配達に出るのが午前5時頃。配達を終えて店に戻ると、今度はラムネの配達。そんなこんなで、夕方5時ごろまで、ほぼ働き詰めでした」

 重いラムネのケースを運んでいたためにぎっくり腰になり、腰痛もひどかった。夕食もそこそこに午後7時には就寝しないと、体がもたない。唯一、息抜きできたのは日曜日だった。この日だけは、午前6時の出勤で良かったからだ。

美濃ちこり焼酎「ちこちこ」の試飲もできる

「人間っていうのは、不思議ですよ。そんな風にして毎日働いていたら、午前6時出勤が天国のように思えてくる。前日の土曜日だけは午後10時、11時まで起きていられるわけですから、好きなテレビ番組も観られるし、友だちと飲みに行くこともできる。今の若い人たちからしたら、なんてひどい労働環境だと言われそうですけれども、当時は世の中全体がそんな感じだったと思います」

 28歳で社長に就任すると、中田氏は先の見えないラムネの製造・販売に見切りをつける決断をした。  

「止めたくて止めたというよりも、止めざるを得ない状況に追い込まれたわけです。何に負けたのかと言いますと、コカ・コーラです。

 価格では決して負けてはいませんでした。なにしろ、ラムネはコカ・コーラの半値で売っていたんですから。感覚は人ぞれぞれでしょうが、おいしさだってそう負けてはいなかったと思います。私自身は断然、ラムネの方がおいしいと思っていました。ならば、いったい何に負けたのか。

 ブランドだなと思いました。品質に対するお客様の信頼やイメージ。そういうものに、我々は負けたんです」

――なるほど……。