ミクシィ復活をけん引し、現在は複数の企業の取締役やアドバイザーのほか、スタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)など、幅広い活躍をつづける朝倉祐介さん。そうした多面的な経験をベースに築かれた経営哲学をぎゅっと凝縮した初の著書『論語と算盤と私』が10/7に発売となりました。発売を記念し、本書で取り上げた経営テーマに即してさまざまな分野のプロとのリレー対談をお送りしています。
今回のお相手は元森ビル取締役専務執行役員CFOで『ファイナンスの哲学』の著者でもある堀内勉さんです。「ファイナンスとは道具であり、ある種のフィクションである」という考えに行き着くまでのきっかけともいえる、金融危機に直面した際のご経験を伺った前編につづき、この後編では、資本市場の理想と現実、将来に向けた教育の必要性について議論が白熱します。(構成:大西洋平、撮影:疋田千里)
お金って何なのだろう?という疑問と
資本市場に感じる摩訶不思議
朝倉 この対談を前に、堀内さんのご著書『ファイナンスの哲学』を読み返し、ものすごい大作だなと痛感しました。特に、“資本主義の本質的な理解のための10大概念”の筆頭に取り上げられている「お金って何なのだろう?」という問いは僕自身も非常に興味があって、いまだに本当に不思議なものだと感じます。
堀内 読んで下さってありがとうございます。
朝倉 お金というのは、子どものころに小遣いをもらって駄菓子を買ったり、それを貯めてプラモデルを買う、という頃は非常にシンプルで分かりやすかった。でもお金を預けたら利子が付くとか、株価の上下に一喜一憂するだとか、それが外国株であれば株価は上がっても為替差で日本円ベースでは実はマイナスだったとか…自分の手元にある、目に見えるキャッシュではなく、そこから少し離れた観念的な“お金”を取り巻く諸々の現象を見るにつけ、お金というものは実体がつかめなくて取っつきにくいし、ともすれば数字上の動きが人の思考や精神状態までも左右しかねない怖い側面を持っている、といつの頃からか感じ始めたんです。
企業経営も含めて、お金の数字を増やすことそのものが目的化したゲームのようになりかねない。一方で、お金がたくさんあっても幸せそうじゃない人は身の回りにもいます。その都度、感じることは多々あるのですが、お金って何だろうという問いに対する答えは、まだ自分にはみつかっていません。
堀内 「お金とは何か?」というのは、資本市場における最も本質的なテーマでもありますよね。
朝倉 特に会社を経営していると、お金の動きの集合体であるマーケットも摩訶不思議に思えることがあります。ひとつには、会社をどう評価しているのかという点。提供する商品やサービスも、内部で働いている人たちも、昨日と今日でまったく変わっていないのに、小型株であれば株価が5%上がった翌日には10%値下がりするという浮き沈みを繰り返します。マクロ経済の影響をはじめ、さまざまな事象が株価に影響を及ぼすことを頭の中では理解しているのですが…
堀内 まあ、なかなか理解しがたい動きではありますよね。
朝倉 当事者として事業に取り組む人間としては、セカンダリーマーケット(二次流通市場=既に発行済みの株式を売買する場)の動きや仕組みというものは、感覚的に相容れないものを感じることもあります。セカンダリーマーケットでの流通があるから、プライマリーマーケット(発行市場=新たに発行された株式を売りさばく場)で株式に価格がつくという仕組みは理解できます。経営者としてはそうした点を踏まえてマーケットと対話していかなければならないし、もちろん株主に対して報いていかねばならない。でもIPO(株式新規公開)を果たした際に買ってずっと応援し続けてくれた株主も、3日前に買ったというデイトレーダーも、会社に対する発言権や株価が値上がりしたときに報われる度合いは単に持分比率に応じて決まるという点が、理屈のうえでは理解できても、心情的にはなかなかしっくりこない点はあります。
堀内 個人の気持ちとしては、朝倉さんがおっしゃっていることに100%賛成です。
金融畑ではセカンダリーが主戦場
プライマリー市場は付属でしかない
堀内 ただ、金融畑出身の人間として言えば、資本市場を「海」に例えるなら、プライマリーマーケットは「港」、つまり大海へ出て行くきっかけであって、金融に携わる人間にとっては付随的でありマイナーな存在なんですね。あくまで主となるのは大きな海であるセカンダリーマーケットです。
恥ずかしながら、私がそのことに気づいたのは証券会社に転職してからでした。特に重工業など基幹産業への資金供給を目的に設立された興銀のような銀行にいると、特に私はそこに魅力を感じて入行したこともあり、企業がどうやってお金を集めるのかという観点でプライマリーマーケットから物事を見てしまいがちです。でも、金融業界の大多数は逆方向のセカンダリーマーケットから見ていて、僕がやりたかったこととはまったく違う世界がそこにはある(笑)。現実に、巨大なセカンダリーマーケットにおける取引のほうがはるかに儲かるし、売買に関わるディーラーなどの報酬もはるかに手厚い。同じ金融でも、どちら側から見るのかによってまったく違った姿に映るわけです。それを知ったことが、金融界から身を引く大きなきっかけともなりました。
朝倉 投資銀行内の部門でみても、コーポレートファイナンスに関わる投資銀行部門よりはマーケットに関わる部門のほうが圧倒的に儲かりますよね。
堀内 動かす金額にも歴然とした差があります。事業会社に資金調達のアドバイスやアレンジをして受け取る報酬や引き受け手数料というのは、証券会社の収益全体からみれば微々たるものです。結局は、マーケット相手にカネがカネを生む仕組みを活用したビジネスのほうが、はるかに儲かるし効率的なわけですよね。
朝倉 もちろんセカンダリーマーケットの存在を否定するつもりはないですし、短期売買によって市場の流動性を維持する意義というのはもちろんあると思っています。ただ、そういう側面だけが重視されすぎるのもよくないのではないか、と。ほとんど精神論ですけど(笑)。
かねてから国が奨励している「貯蓄から投資へ」という方向性自体は良いと思います。でも、血の通った生身の人間が事業を行っているのですから、単に殖財としての投資だけではなく、もう少し会社を応援するスタンスの投資についても、啓蒙がなされてもいいのではないかと思います。かつて渋沢栄一がデットファイナンス(銀行借入や債券発行による資金調達)において実践してきたように、会社の事業をサポートするという視点のエクイティファイナンス(株式発行による資金調達)があって然るべきではないでしょうか。
ある意味、会社の成長や意思決定を意に介さずに、相場のみを見てトレーディングを行うセカンダリーマーケットのプレーヤーよりも、むしろアクティビストのほうがまだ血の通った生身の投資家であるという印象を私は抱いています。
堀内 株主として実際に企業と対峙して対話していますからね。
朝倉 会社と対話をしようという意思を持った株主のことを「もの言う株主」と呼んだりと、どこか日本人は色眼鏡で見ているような気がしてなりません。しかし、企業に対して提言したり、経営者を叱咤激励したりするのは、株主として当たり前ですよね。「好きの反対は無関心」とも言われるように、嫌いだろうと何だろうと対話してもらうほうがいい。もっとも、言っている内容が単に資産を取り崩せと言うに終始するような、会社の成長を阻害するような内容では仕方がありませんが。ゴーイングコンサーンというフィクション上を走る会社の長期的な成長を見据えて関与する株主たちがもう少しいるべきではないかと思います。
堀内 少しずつ出てきてはいますよね。独立系の運用会社であるみさき投資代表の中神康議さんは「働く株主」としてエンゲージメント投資を掲げ登録商標もして、短期的な業績の推移ばかりを追い求めたり、短期的なイベントを仕掛けたりする投資に否定的な見方を示しています。また、渋沢栄一の玄孫であるコモンズ投信会長の渋澤健さんもその思想を受け継いで、「一滴の水が集まれば大河となるように、あちこちに散らばっているお金も寄り集まれば事業に役立つ」という信念のもとで長期投資専門の投資信託を運用しています。
朝倉 非常に健全な思想ですね。
堀内 ですよね。私が『ファイナンスの哲学』で書きたかったのも、お金は大事だし、資本主義の仕組みは非常によくできているけれど、それを人間がどう活用するかが最も大事だ、という点です。根底にある人間への理解があれば、単にゲームに勝つことがすべてとは受け止められなくなってくると思います。そのためにも、子どもの頃からお金のことを学ぶ機会を設けるべきでしょう。あるいはもっと情操教育が必要かもしれませんし。大人も、資本主義社会と向き合っていくことをきちんと学ぶ必要がありそうです。
朝倉 拝読していると、最後はやはり教育の問題に言及なさっていて、そのとおりだと私も感じました。ただ、学ぶのが大学に入ってからで間に合うのか、高校なのか、小学校なのかというのはわかりません。キリがない(笑)。
堀内 やはり、突き詰めていくと「若ければ若いほどいい」ということになってくるんですよ。
朝倉 ソニーの創業者である井深大さんも晩年に、「幼稚園からでも遅い、幼稚園前の幼児教育だ」とおっしゃっていたそうで、最後はどんな問題もそこに行き着くんですね。
堀内 環境というのは大きいですからね。さらに遡れば親の教育から手をつけたほうがいいという話になっていきます(笑)。
市場における投資と寄付金集め、
両者を結ぶ非営利法人のファイナンス
朝倉 資本主義の競争経済から抜け落ちてしまった部分を、NPOのようなプレーヤーが補完する動きが顕著になってきた印象があります。ただし、一般論としてNPOの人たちはともすれば人の理性や善意に頼りすぎていたり、根性論に陥っている部分もあって、せっかくの素晴らしい志を実現しつづけていくための持続的な仕組みが欠けていることが多いように見受けます。この点、いかが思われますか。
堀内 私もずっと金融界で生きてきて、NPOと関わり始めた頃はすごく驚きました。こんなにお金のことを考えずに仕事をしている人たちを他に見たことがなかったからです。正直、サステイナブル(持続可能)な組織とは言いがたく、これでは絶対に長続きしないと思いました。
私は先にも述べたように資本主義を否定しておらず、むしろ非常によくできた仕組みだと思っていますが、それだけではダメで、「何のために生きているのか?」というヒューマンな目的意識がないと健全に機能しません。ところが、NPOは目的意識だけが強くて方法論がない。だから、その隔たりを上手く橋渡しをしてあげれば、もっと世の中がよくなるのではないかと考えました。そこで今は、「非営利法人のファイナンス」というのをライフワークのひとつとしています。
朝倉 堀内さんこそ適任ですね。具体的にはどのような手法があり得るのでしょうか。
堀内 金融市場を通じた投資資金の獲得と無償の寄付集め、この両極端の間を埋めるファイナンスで、その一例が「ソーシャル・インパクト・ボンド」です。社会的に意味ある仕組みを作ったとき、公共コストが下がったぶん、仕組みの提案者に還元するというものです。たとえば受刑者の再犯率を抑制するため更生プログラムをつくって再犯率が下がったら、社会的コストが下がった分をプログラム作成者に還元するわけです。リターンはいわゆる投資より低いですが、きちんと循環しますよね。
また、クラウドファンディングも最初は寄付から始まりましたが、今は株式で投資する仕組みも出てきました。それも通常の株式投資とは一線を画し、単に株価が10倍、100倍に上昇しそうだからという発想からではなく、応援した結果としてリターンも得られたらうれしいというスタンスで参加を募るものです。
読書家のふたりがお薦めする
資本市場を考えるうえで役立つ本は?
朝倉 ちなみに、ご著書の中には膨大な数の参考文献が出てきますが、特に必読すべきは何ですか?
堀内 やはり、『貨幣論』をはじめとする、東京大学名誉教授の岩井克人先生の著作ですね。最近出された『経済学の宇宙』は経済学に対する思想と半生記を交えた内容で、非常に率直に「こんなことまで書いてしまうのか!」と驚くほど、包み隠すことなく赤裸々に綴られているのがとても印象的です。
それから、東京外国語大学大学院総合国際学研究院の中山智香子教授が書かれた『経済ジェノサイド フリードマンと世界経済の半世紀』も、ホモ・エコノミクス(経済的合理人)について言及されていて、とても興味深いです。朝倉さんはどういう本を読まれるんですか。
朝倉 金融が専門ではないので異なる視点になりますが、1冊挙げるとすれば、戦前に岩波書店から出版された吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』です。おそらく中学生ぐらいの子どもを対象に書かれていて、主人公の少年であるコペル君の精神的成長を通じて著者の熱いメッセージが伝わってきます。誰しも、子どもの頃はつねに社会の中心に自分が存在していますけど、友達とケンカしたり、クラスメートに貧富の差を感じたり、日々の気づきを通じて徐々に社会がどんなふうにできあがっているのか知っていきますよね。
主人公があるとき、自分が飲食しているものが地球の裏側で作られて、運ばれてきて、売られてきて、人間の生活が網の目のように繋がっているんだ、と気づくシーンがあるんですね。資本市場にも、それと同じようなことが言えるなあとつくづく思いまして。会ったことのない誰かと市場を通じて間接的につながっていて、それぞれに影響し合いながら、世の中の社会や経営、市場ってできているんだなと。あらためて読むと、さまざまな問題を想起させてくれます。
堀内 そこは非常に分かる気がしますね。大きな海であるマーケットにドボンと何か投げ込んだら、そこで矛盾が消え去ったように見えてしまう、先がどうなるかは分からない、という今の仕組みは直していくべきだと思うんですよね。いや、今日はありがとうございました。色々伺えて楽しかったです。
朝倉 こちらこそお時間をいただいて有難うございました。マーケットに対するもやもやした気持ちが常にあるので、ご意見を伺えて大変勉強になりました。