ミクシィ復活をけん引し、現在は複数の企業の取締役やアドバイザーのほか、スタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)など、幅広い活躍をつづける朝倉祐介さん。そうした多面的な経験をベースに築かれた経営哲学をぎゅっと凝縮した初の著書『論語と算盤と私』が10/7に発売となりました。発売を記念し、本書で取り上げた経営テーマに即してさまざまな分野のプロとのリレー対談をお送りしています。
今回のお相手は株式会社経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEOの冨山和彦さんです。危機に瀕した組織の状況から、今後有望なビジネスにおける日本企業の優位性と弱点など縦横無尽に話題が広がります。(構成:大西洋平、撮影:疋田千里)

歴史に記述者の主観が介在するように
会社も人の心理によって動いている

朝倉 今日はお時間をいただいてありがとうございます。私が冨山さんを初めて知ったのは、まだ産業再生機構に在籍なさっていた頃のことです。学生時代に、再生ファンドについて学んだのがきっかけでした。そして、社会に出てマッキンゼーに勤めるようになってから、ご著書の『指一本の執念が勝負を決める』を読んで大いに感銘を受けました。「会社はかくあるべき」という通り一遍の説明にとどまらず、会社の再生についてかなり踏み込んだ内容だったからです。

冨山和彦(とやま・かずひこ)さんプロフィル/1960年東京生まれ。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役社長を経て2003年産業再生機構代表取締役専務業務執行最高責任者(COO)。07年持続的な事業・企業価値の向上を目指し、経営支援サービスを提供する経営共創基盤(IGPI)設立、同代表取締役CEO就任。東京大学法学部、スタンフォード大学経営学修士及び公共政策課程修了。司法試験合格。『これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』(2015年、東洋経済新報社)、『IGPI流ビジネスプランニングのリアル・ノウハウ』(2015年、PHP新書)など著書多数

冨山 実際にお目にかかったのは、ミクシィを立て直されている頃でしたね。

朝倉 冨山さんもおっしゃるように方向性を示したからといって、組織がきちんと動いてくれるかどうかは別なんだ、ということは頭では分かっていましたが、改めて身を以て実感しました。

冨山 えてして、動かないものですよ。動かないことで明日からすぐさま路頭に迷うならともかく、大きな会社やそれなりに軌道に乗った会社なら、そういった危機感を抱かなくなります。たとえベンチャーであっても、ちょっと上手くいくとすぐに薄れてくるものです。

朝倉 そうですね。成功しているほど、その傾向が強いかもしれませんね。業績が悪くなってくると、「人事制度に問題がある」といった細々とした不満がどんどん出てきて、社内のさまざまな矛盾が指摘されるようになります。業績がよかった1年前も同じ状態だったはずですが、結局は成長がそうした矛盾を押し隠しているんでしょうね。つくづく、会社は人の心理によって動いているのだと痛感します。

冨山 結局、物事の解釈には人の心理が絡んでくるんです。歴史にしても、所詮は人間が書き綴ったものですから、書き手の主観が介在しています。どこまで客観的で、科学的な事実なのかは定かでありません。それと似たような話で、目立つ仕事をしていると、他人から何かと批評されやすい。そして、そういった声の多くは、「それは、違う(あなたの主観的な見解)だろ!」と感じるものが多いでしょ。

朝倉 そうですよね。ちょっと脱線しますけど、メディアにネガティブに書かれたことについて、経営者は気にしていなくても、組織内部の人たちが非常に気にして浮き足立つというケースは少なくないですよね。本来事業には影響しないことであり、かなり歪んだことが書かれていて気に留める必要がないことでも、内部の人間が気にすることで、結果として現実の世界にも影響を与えてしまう。メディアの自己実現性ではありませんが、書かれたことがどんどん事実と化していってしまうことがあります。

レイオフできない日本企業こそ
新規事業立ち上げのノウハウが必要

冨山 そういった騒動に止まらず、組織の内部における心理的な動揺というものはいろいろなところで発生します。たとえば、会社が本当に末期の状況まで追いつめられると、そういった動揺があちこちで顕在化しますから、極めてデリケートなゲームに対峙することになる。カネボウ破綻時に化粧品部門の美容部員が転職してしまうかどうか、というときも、最後は残ってくれたのだけどなかなか見通せませんでした。

 個々人の利害だけ考えれば、優秀な技能を持っている人は“沈みゆく泥船”にとどまるより他社に移るのが賢明でしょう。逆に「危機だ!危機だ!」と報道されて騒ぎたてられることで団結心を刺激し、“1億総玉砕モード”で残り続けてくれるかもしれない。また、彼女たちがいかにも日本人なマインドであれば集団心理が働いて、全員で離脱する展開にもなり得る。彼女たちの存在が化粧品部門の収益に直結するわけですから、いろいろ状況をみつつ手は打つわけですが、非常に難しい心理戦になりました。

『論語と算盤と私』著者の朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さんプロフィル/1982年生まれ。兵庫県西宮市育ち。中学卒業後に騎手を目指して渡豪。身体の成長に伴う減量苦によって断念。帰国後、競走馬の育成業務に従事した後、専門学校を経て東京大学法学部卒業。在学中にネイキッドテクノロジーを設立。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ネイキッドテクノロジーに復帰し代表に就任。同社の売却先となったミクシィに入社後、2013年より同社代表取締役に就任し、業績の回復を機に退任。2014年よりスタンフォード大学客員研究員。複数企業の取締役、アドバイザーを務めるほか、起業経験者によるスタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)も開始している

朝倉 おそらく、国や地域によっては企業風土がもっとドライなんでしょうね。カネボウのように残ってほしいケースの逆ですが、日本ではレイオフ(一時解雇)できないことをシリコンバレーの人たちに話すと一様に驚かれて、「だったら、どうやって経営するのか」と聞き返されます。どちらのやり方が善いか悪いかではなく、事実として日本企業は主力事業が落ち込んできた局面で簡単に雇用を調整できません。そうである以上、ノアの方舟じゃないですが、受け皿となる新規事業を立ち上げていくことに関して、日本企業のほうがノウハウを本来蓄積しておかなきゃいけないと思います。

冨山 人員整理にしても希望退職しか選択肢がなく、下手をすれば優秀な人材から辞めていってしまう。だから、こうした調整コストが非常に高いという前提で経営を行わなければなりません。裏返せば、シリコンバレーの場合は調整コストが非常に低いので、そのことがいい方向に作用すればダイナミズムが働いて、新陳代謝が活発になるわけですね。しかし、人材が流動的であるということは、集団の中で擦り合わせながら時間をかけてノウハウや技術を蓄積する面では不利です。だから、じっくり取り組むハードウェア系の開発などには、むしろ日本的な経営のほうが適しているでしょう。そうやって考えると、どちらがいいとか悪いといった話ではなく、むしろ個性であると私は思います。

シリコンバレー型のコピーでは無意味
日本独自のエコシステムを確立すべき

朝倉 スタートアップ(急速な成長を意図するベンチャー企業)の活動を後押しするようなエコシステム(起業を後押しする支援体制を生態系になぞらえたもの)が日本でも形成されつつあります。ただ、それもシリコンバレー型の単なるコピーでは、日本にそぐわない気がします。

冨山 あれはシリコンバレー型のビジネスを展開するために最適化したものであって、日本の社会風土、地理的な要因を踏まえてどこに相対的な優位性があるのかを見据えたうえで、独自のエコシステムを築いていくべきですね。シリコンバレーの成功モデルを下手に追いかけると、日本に最適なエコシステムの形成を阻害してしまうでしょう。余計な知識がなければナチュラルに進化できたにもかかわらず、シリコンバレーの成功モデルをむやみに真似ようとすると、図体のデカいヤツが競馬のジョッキーになるとか、小柄なヤツがバスケットボールをやるといったミスマッチになりかねない。

朝倉 そうですね(笑)。あと、ここ数年に関してはiPhoneの普及といった時代背景や参入障壁の低さも大きく関係しているのでしょうが、スタートアップと言えば、スマホのアプリのようなソフトウェア系に偏重している印象が強いですね。しかし、本当に日本がこの分野に強いのかと問われれば疑問です。

冨山 日本の企業は、むしろ不得手な分野だと思います。だから、そんなことは自前でやらずに、シリコンバレーにアウトソーシングすればいい。

朝倉 ただ、「Software is eating the world(ソフトウェアが世界を飲み込む)」などと言われているように、ソフトやサービスによって付加価値を高める動きが主流となってきています。そうなると、日本固有の強みとは違う部分で付加価値競争が繰り広げられるようになりますね。

冨山 一見、そう思われているけれど、僕は疑問を抱いています。実は、世界を飲み込もうとしているのは、ゼロ・マージナルコスト(限界費用ゼロ)・エコノミーです。みずからはほとんど投資を行わず、もっぱら既存のインフラに乗ってビジネスを展開するパターンが増えている。その典型例が配車サービスのUberや映像配信のNetflixです。そういったサービスは参入障壁が低く、ソフトなんて時間さえあれば誰でも書けるし、映像作品などのアーカイブ(保管データ)を提供することにノウハウなんて無用。そして、後発は対抗するために割安なサービスを提供するようになる。そうなると、もともと限界費用ゼロだから過当競争に拍車がかかって価格がどんどん下がっていき、付加価値の創出という点ではほとんどゼロになってしまう。