ミクシィ復活をけん引し、現在は複数の企業の取締役やアドバイザーや、スタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)など、幅広い活躍をつづける朝倉祐介さん。そうした多面的な経験をベースに築かれた経営哲学をぎゅっと凝縮した初の著書『論語と算盤と私』が10/7に発売となりました。発売を記念し、本書で取り上げられた経営テーマに即して、さまざまな分野のプロとのリレー対談をお送りしています。
今回のお相手はMistletoe代表取締役CEO・孫泰蔵さん。孫正義さんの実弟で、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業者でもある起業のスペシャリストであり、若手起業家を支援する“兄”的存在でもあります。日本におけるエコシステムの発展状況やご自身のMistletoeの活動について伺った【上】【中】編につづき、この【下】編では企業経営を巡るスタンスなどについて縦横無尽に意見が交わされます。(構成:大西洋平、撮影:疋田千里)
大企業が活力を保つには
新たな機能を取り込むM&Aが不可欠
朝倉 孫さんは“スタートアップ原理主義者”を自称なさっていて、起業家にとってはものすごく優しいお兄さん的な存在ですが、対照的に多くの大企業に対しては極めてシビアな見解を示していますよね。
孫 存続してこそ社会に貢献できるという発想を、真っ向から否定してきました(笑)。存続することと社会に貢献することの間には、さほど関係がありません。
朝倉 そのうえ、長く続いているうちに分業や縦割り、ルールの細分化が進んで制度疲労を起こし、「自己疎外(働けば働くほど、自分でやっていることが自分のものと思えなくなっていく現象の)製造装置」と化しているとまで指摘されています。ところが、アルファベットのように規模が大きくなっても、活力を保ち、なおかつイノベーションを生み出し続ける会社もあります。こうした分かれ目はどこから起きるのでしょうか?
孫 ひとつは、創業者がまだ健在か否かで明暗が分かれるのではないかと僕は思います。グーグルがまさにそうですし、アップルもスティーブジョブズは亡くなったものの、現CEOのティムクックは創業メンバーです。日本企業もソニーの井深大さんやホンダの本田宗一郎さんがいなくなると、知らず知らずのうちに構造的にリスクをとれなくなっていきました。
創業者の場合は、「俺が作った会社なんだから、つぶしたってかまわない」と開き直れます。しかし、「自分の代でつぶすわけにはいかない」と思うのが受け継いだ人の自然な発想でしょう。僕が継いだとしてもそう思うし、そうなるとどうしてもリスクをとれません。それに、大企業は顧客から厚く信頼された看板を背負っていますから、新製品の検討・開発プロセスも絶対に失敗がないよう保守的だし、そもそもその新製品のコンセプトもあまりに冒険的なものになりづらい。
朝倉 その点、スタートアップには躊躇がありませんよね。
孫 いいと思った商品を積極的に提案して、プログラム上に多少バグがあろうが頭を下げて交換すればいいというノリでいけますよね。結局、大企業とスタートアップでは役割が大きく違っていて、もはや前者はイノベーションを起こせないのではないでしょうか。
朝倉 そうであれば、みずからイノベーションを起こせなくなった大企業が「自己疎外製造装置」に陥らないための予防策はありますか。
孫 スタートアップが生み出したイノベーションの中で、大企業が自社にとって重要だと思う機能をM&Aによって機敏に取り込んでいくことではないでしょうか。たとえばiPhoneも、アップルみずからが開発した部品・サービスは案外少ない。SiriやiTunesはM&Aで獲得したものですし、グーグルによるYouTubeも然りです。
えてして日本の大企業が失敗するのは、すべてを自前でまかなおうとするからですよね。端的に言えば、M&Aが下手です。もともと、日本古来の終身雇用制は中長期を見据えた研究開発には理想的な環境でした。だから、自前主義が成り立ってもいたのですが、競合相手がもっと早いスピードで開発を果たすようになって、次第に立ち行かなくなっています。にもかかわらず、日本企業は終身雇用制だけ捨てて、なぜか自前主義だけには固執しているから余計にダメなんです。
朝倉 そもそも日本人は、M&Aに対してマイナスのイメージを抱きすぎではないでしょうか。日経新聞や週刊ダイヤモンドなど経済誌でも「身売り」という表現が普通に使われていて、買収された会社や事業に携わる人々の全人格を否定するかのような見方をされる風潮があります。
孫 報道する側の、特に論説委員やデスクの世代で、高度成長期の頃の感覚が抜けきっていないのでしょうね。
東証1部が頂点で、マザーズが登竜門?
序列づけでなく、株式市場も役割分担すればいい
朝倉 企業の存続に関する話に戻りますが、創業者が亡くなった後の会社の経営は一体どうあるべきなのでしょうか?
孫 僕は企業によって寿命が異なるものであり、それに従えばいいと思っています。100年以上にわたって続く会社も、5年で終わっていいプロジェクト型の会社も、両方あっていいわけです。たとえば、杉の木の樹齢は1000年に及ぶけれど、キノコや苔の寿命ははるかに短い。こうした多様性があるからこそ、豊かな森が育まれているように、会社にもそれぞれの役割があるのだと思います。
朝倉 そのご意見は僕も同感です。特に上場企業は一様にゴーイングコンサーン(企業は継続し続けることが社会的責任であるという概念)が前提になっていますね。10~20年先にうみだす想定キャッシュフローを前提に会社の価値を決める一方、実際につぶれるときにはつぶれるものです。こうした現実を踏まえ、資本市場とどのように付き合っていくべきでしょうか。
孫 違和感のもとは、株式市場の位置づけにある気がします。日本では東証1部が頂点で、マザーズはその登竜門という位置づけですが、僕は違うと思っていて。ゴーイングコンサーン型……そもそもこの概念が幻想に近いですけど、とにかく安定成長企業は東証1部で、プロジェクト型に近い企業はマザーズという役割分担をすればいい。そして、マザーズに在籍していて企業価値は高いのにつぶれそうになっている会社はどんどん買収されていく。
市場にそれぞれ特色ができれば、投資家側もおのずとすみ分けられます。頻繁に株を売ったり買ったりせず年金代わりに安定的な投資をしたい人は東証一部で探せばいいし、急成長しそうなダイナミックな企業で一発当てようという人はマザーズで探せば良い。そんな仕組みにしてはどうでしょうか。米国のニューヨーク市場とナスダックが良い例です。両者の特性はまったく異なっているから、マイクロソフトは巨大企業になった今もナスダックに上場しつづけていますよね。
朝倉 1軍と2軍ではなく、野球とサッカーみたいなまったく別の位置づけということですね。
孫 もっと言えば、国ごとに市場が必要なのかなと疑問ですね。魚や野菜のような生鮮食料品なら、産地に近い市場で取引するのが合理的ですけど、株式は腐らないから1つの市場で取引したほうがよくないですか。
朝倉 そう思うと、エコシステムはスタートアップという狭い話でなく、上場企業や、もっと言えば資本主義のあり方を含めて考えていくべきですね。
孫 そうですね。さっき(前編で:前編記事にリンク)話した起業家のエコシステムは狭義の、狭い意味のエコシステムです。いまシリコンバレーには、5000億ドルとか1億ドルといった、とてつもないサイズのベンチャーキャピタルファンドが出てきています。なぜかといえば、おそらく行き場を失った年金基金のお金が大量に流れ込んでいる影響で、狭義のエコシステムはさまざまな経済システムの影響を受けざるをえません。先日、私がシリコンバレーで参加した案件は、調達額が2000億ドルにも達して目の玉が飛び出そうになりましたよ。だけど、それで失敗しても許容できる投資家がいて、期待に応えようとする起業家がいて、そこに続々と優秀な人材が集まってくるというダイナミズムがあることに、改めてすごいなと思いました。
朝倉 日本でもそうしたダイナミズムが徐々に生まれていくのでしょうか。今日はいろいろとご意見を伺わせていただいて、ありがとうございました!Mistletoeの今後に非常に期待しています。
孫 こちらこそ!今後の活躍に期待しています。引き続き宜しくお願いします!