本質的な議論をそっちのけにしてウィキリークス問題を面白おかしく伝えてばかりの日本の新聞やテレビとは対照的に、米国ではウィキリークスの活動の是非にとどまらず、インターネット時代の内部告発のあり方、メディアの行方などについて激しい議論が続いている。ピュリツァー賞を受賞したジャーナリズム研究の重鎮であり、この問題について積極的な発言をしている元ニューヨーク(NY)タイムズのアレックス・ジョーンズ氏に、ウィキリークス問題の教訓を聞いた。(聞き手/ジャーナリスト、瀧口範子)

――ウィキリークスの創業者ジュリアン・アサンジ氏は、自分たちの活動を“ジャーナリズム”だと定義している。われわれは、メディアやジャーナリズムの定義や意義について認識を改めなければならないのだろうか。

アレックス・S・ジョーンズ
(Alex S. Jones)
米国におけるメディア研究の第一人者。現在はハーバード大学ケネディースクールの研究機関ショーレンスタインセンターの所長。テネシー州の新聞社「グリーンビルサン」のオーナー家に生まれ、1983年から92年までニューヨーク・タイムズに記者として所属。メディア分野を担当し、1987年にはピュリツァー賞を受賞。近著にジャーナリズム組織の未来を考察した『Losing the News』(日本語訳は『新聞が消えるまで ジャーナリズムは生き残れるか』朝日新聞出版)がある。

 ウィキリークスとは何者か。このことについての回答は、誰に尋ねるかよって異なるだろう。私の回答は、こうだ。

 彼らはいろいろな要素が入り交じったインフォーマルな組織であり、インターネットを駆使し国家の境界や企業による制限から自由な存在であろうとしている点において、またそのことを自ら強調している点において基本的にはアナーキストなグループだ。加えて、自由な存在でいるために必要な技術的知識が豊富である。

 その一方で、今回の外交公電漏洩をまったく新しい出来事として捉えるのは間違いだ。国家機密の漏洩事件としては、じつはクラシックなものである。というのも、NYタイムズが他社に先んじて入手し(1971年に連載記事として)掲載したペンタゴン・ペーパーズ(米国防総省によるベトナム戦争の極秘報告書)と構図的には一緒だからだ。

 あの当時、極秘報告書のコピーをNYタイムズに持ち込んだダニエル・エルズバーグ(ペンタゴン・ペーパーズの執筆者の一人)は、文書を1枚1枚コピーしなければならなかったが、今はダウンロードしてクリックひとつで送信できるようになった。要するに、関係者によって持ち出された情報を公開したという流れは同じなのである。

――構図が同じということは、ウィキリークスもNYタイムズと同じくジャーナリズムを追求するメディアであるとあなたは言っているのか?

 それはまた別の話だ。

 NYタイムズは当時、相当な労力を使って文書に目を通し、どう公開するかについて深く精査したが、ウィキリークスがそうした判断を行った形跡はない。したがって、ウィキリークスとはジャーナリズムではなく、情報のコンデュイット(導管)、パイプのようなものと定義すべきだろう。