成功の方程式──[1991年9月]

「プロレス道場の番組制作や運用について、うちのクライアントにプレゼンテーションをしていただけませんか?」

 そう声をかけてくれたのは、有名コンサルティング会社でダイヤルQ2事業者を一手に引き受けていた墨田清彦さんだ。ツーショットや伝言ダイヤル、アダルトテープといったアダルト系コンテンツを中心に急拡大を続けるダイヤルQ2市場において、まっとうな番組の成功事例として、僕たちの「プロレス道場」は注目を集め、いくつかの雑誌から取材も受けていた。

 だが、凄腕コンサルタントの墨田さんは、僕たちの青臭い理想論とは一線を画す、徹底したビジネスマンだった。儲けるためなら出会い系やアダルト系も厭わない。事実、彼のまわりには、バブルの申し子ともいうべきギラギラした青年実業家が群がっていた。なかには風俗産業でのしあがってきた人間もいた。

「ダイヤルQ2ビジネスの骨子は、いかに告知して利用者を増やすか、いかに利用時間と利用回数を増やすか、いかに先行してシェアを獲得するか、この三点に集約できます」

 自由が丘の隣駅、緑が丘にある1LDKのマンションに移転した僕たちを訪ねてきた墨田さんは、素人同然の僕たちに、自ら編み出した「成功の方程式」のノウハウを惜しげもなくレクチャーしてくれた。

「まず、番組を告知できるメディアをくまなく調査し、グループ内で手分けして、その効果を数値化します。たとえば、どの媒体のどの枠に、どんなデザインとコピーを施して、どのタイミングで広告を投入すると、どんな反応があるかを測定するのです。そのために、広告ごとに異なる“媒体番号”を設定して、それを利用者に入力してもらうことにしました。この工夫によって、媒体ごとの効果を正確に測定できるようになります」

 僕はメモを取りながら墨田さんの話に聞き入った。

「続いて、番組の構成、コンテンツの内容、ガイダンスの内容、広告と番組内容の相関関係を変化させ、利用者の行動を観察します。利用者がどんなルートで番組を利用し、どのように離脱していくのか、担当者が管理画面に張りついてチェックし、利用時間と利用回数を最大化するように番組を改善していくわけです」

 広告と番組に関して仮説と検証を繰り返し、この手を打てばこれだけ儲かるという「成功の方程式」を見つけ出す。投資効果がプラスと判明した媒体には湯水のように資金を投入し、一気にコールを稼いでシェアをとるのが、墨田流のダイヤルQ2攻略法だった。

 ツーショットや伝言ダイヤルは、相手が多ければ多いほど出会いのチャンスが増えるため、先行してシェアを獲得した番組が有利になる。シェアが高まれば、知名度が上がり、広告の投資効率が高まる。出会いのチャンスも増えるため、利用時間や利用回数も増加する。ポジティブ・スパイラルが生まれたら、その番組はしばらく安泰だ。そのあいだに新たな類似番組を立ち上げ、競合他社が入り込む余地をなくしていく。現在のウェブマーケティングの最前線で行われている科学的アプローチを、30年前のダイヤルQ2で実現していたのが墨田さんだった。

 数字・ファクト・ロジックを重視する墨田方式を目のあたりにした僕は、自分自身の甘さを痛感した。商売はきれいごとではうまくいかない。弱肉強食の世界なのだ。出会い系やアダルト系など、確実に儲かる分野を見極めて、再現可能なノウハウを構築する墨田方式に対して、僕のそれは直感的で稚拙だった。ラッキーパンチで一発当てても、それが二度三度と続くことはない。

 出会い系に手を染めるのは、心情的にはばかられた。だが、僕たちは食べていかなければいけない。第二弾のゲーム番組「ブランド・クエスト」や、プロレス道場のリニューアルなども行ったが、売上は思ったように上がらなかった。起業した直後にバブルが崩壊したこともあり、僕個人が手がけるコンピュータの仕事も減少していた。このままでは行き詰まってしまう。はじめてのスランプに、僕は思い悩んでいた。(つづく)

(第6回は12月30日公開予定です)

斉藤 徹(さいとう・とおる)
株式会社ループス・コミュニケーションズ代表 1961年、川崎生まれ。駒場東邦中学校・高等学校、慶應義塾大学理工学部を経て、1985年、日本IBM株式会社入社。29歳で日本IBMを退職。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業し、ベンチャーの世界に飛び込む。ダイヤルQ2ブームに乗り、瞬く間に月商1億円を突破したが、バブルとアダルト系事業に支えられた一時的な成功にすぎなかった。絶え間なく押し寄せる難局、地をはうような起業のリアリティをくぐり抜けた先には、ドットコムバブルの大波があった。国内外の投資家からテクノロジーベンチャーとして注目を集めたフレックスファームは、未上場ながらも時価総額100億円のベンチャーに。だが、バブル崩壊を機に銀行の貸しはがしに遭い、またも奈落の底へ突き落とされる。40歳にして創業した会社を追われ、3億円の借金を背負う。銀行に訴えられ、自宅まで競売にかけられるが、諦めずに粘り強く闘い続けて、再び復活を遂げる。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書は『BE ソーシャル 社員と顧客に愛される 5つのシフト』『ソーシャルシフト─ これからの企業にとって一番大切なこと』(ともに日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数