隆嗣と立芳は最後尾を並んで歩いていた。
「ごめんなさい。祝平はちょっとわがままだけど、とても好奇心が強くて面白い人なのよ。今日のことを聞いて、どうしても参加したいって言うから……」
「構わないさ。彼らはともかく、僕は君と一緒にいるだけで十分満足しているからね」
照れ隠しのためか、彼女は隆嗣の肘をきゅっと摘まんで悪戯っぽい顔をすると、そのまま手を添えるようにして腕を組んでくれた。
文具売り場の店員は、ガラスケースの奥で椅子に座り、大きな欠伸をしていた。祝平が目指すインクを指差して売ってくれるよう頼んでいる。そう、ここは国営デパート、従業員はみな公務員なのだ。
店員が面倒臭そうに伝票に書き込んで祝平に手渡す。彼はその伝票を持って別のところにあるレジへ行って支払いを済ませ、領収スタンプを押された伝票を手に再び店員のもとへ戻ってくる。売り子と現金を扱うカウンターを別にしているのは、店員たちを信用していないからなのか、そんなことを隆嗣は考えていた。
ドンとガラスケースの上にインクの箱を投げ出した店員は、横を向いてまた大きな欠伸をしている。
「お待たせしました」
祝平は、当たり前の顔をして戻ってきた。
一行は再び南京路へ出て、東へと進んだ。休日の午後の南京路は、春の陽気のせいか、いつも以上にざわついているようだった。
野菜か米でも入っているような大きな麻袋を重そうに背負った人民服姿の男性が、湯気を立てている店頭のセイロに収まった肉まんをじっと見つめている。上海では、老人を除いてさすがに人民服を着る人は減ってきたようだが、南京路は地方からのおのぼりさんも大挙してやって来る場所なので、却って人民服を頻繁に目にすることができた。
その一方では、経済開放のニューエリートと呼ばれる人種たちが、背広にネクタイという格好で子供の手を引いて歩いていたりする。休みの日ぐらいはラフな装いの方が楽だろうにと思うのだが、彼らは先端を歩む人種であることを常に顕示したいのだろう。
「南京路へ来たのは初めてなの? 隆嗣」
立芳が笑顔を向ける。
「まさか、上海に来て半年以上だよ。少なくとも月に1回は来ているよ」
「まあ、じゃあ他の留学生の人たちも……」
「ああ、そうだと思うよ」
すると立芳は、隆嗣の肘に添えた手に力を加えて咎める意思を表した。
「南京路を案内して欲しいというのが、今回の誘い文句じゃなかったかしら?」
「おいおい、そんなの方便だと判ってて引き受けてくれたんだろ。ジェイを見れば、目的は一目瞭然のはずだが」
彼はすでにレディーの背中に手を回し、顔を寄せて何やら楽しげに話している。
最近では隆嗣へ意地悪な語り掛けをすることに立芳は楽しみを見出しているようで、それは二人の距離が縮まってきている証左だと都合よく解釈している隆嗣は、快く受け流していた。
(つづく)