翌朝、老人を訪ねるため、圭介は30分早く家を出た。
暦では冬に入っていたが、このところ「小春日和」が続いていた。その日も朝から、突き抜けるほどの眩しい青空が広がっていた。
老人はなかなか現れなかった。待つ間に、足元に捨てられた空缶が気になった。圭介は無造作に拾った。もう赤面することはなかった。たまたまカバンの中に入っていたコンビニのレジ袋を取り出して、1つ2つと拾いながら歩き始めた。そこへ後ろから声がした。
「おい、青年。ワシの仕事を取っちゃ困るよ、ワハハハッ」
振り返ると老人が微笑んでいた。
「お久しぶりです」
「おお、久しぶり。元気じゃったかな」
「はい…」
圭介は、この2ヵ月で感じたことを老人に報告した。
老人は珍しく、
「ふむ…、ベンチに掛けよう」
と促し、ポツリ、ポツリと、言葉を選びながら語り始めた。
「いいかな、青年。本当はこんなことは教えることじゃないんじゃ。拾った者だけがわかることなんじゃ。拾った者だけがご褒美をもらえるとでもいうのかな。しかし特別じゃ。もう、キミには会えんかもしれんからな…」
「え? 会えないって」
「まぁ、聞け。お前さんはかなり答に近づいてきておる」
「はい」
「ワシは昔な、ホテルのレストランでウエイターをやっておったことがあった」
老人は遠くの空を仰ぎ見ながら話し始めた。
「ある夏の暑い日のことじゃった。1人の紳士が汗を拭き拭き入ってきた。それを見たワシはすかさず、エアコンの風が当たる席に案内した。えらく喜んでくれてな。チップまでくれたんじゃ、それもかなり多く」
「はい…」
圭介は、一瞬で、老人の昔話に引き込まれた。