幸一は、そんな慶子と洋介を気遣い、身の回りの整理などを手伝っていた。
昨年末に幸一と初めて出会った時には、叱責を与えて不機嫌に別れた洋介であったが、今は甲斐甲斐しく世話をしてくれる幸一に、無言で頭を下げている。その姿に幸一は胸を締め付けられた。
そんな毎日を過ごす幸一を家族は黙って見守ってくれたが、父の真治は一度だけ息子へ意見した。
「こんなわがままを許してくれた、伊藤さんへの恩を忘れるなよ」
幸一はただ頷いて応えた。すでに1カ月近く休んでいたのだ。
この日、幸一が運転するレンタカーのトラックが、郊外の古いアパートへと到着した。
降り立ったのはジーンズ姿の幸一と慶子、それに洋介の3人だった。ジーパンやジャージなど持ち合わせていなかった洋介の、スラックスにノーネクタイのワイシャツ姿という、引っ越しに似合わぬ格好が感慨深い。
住み慣れた自宅マンションも差し押さえられ、取り急ぎ探した仮住まいに引っ越すことになったのだ。そんなに慌てて引き払う必要などないのだが、潔さなのか、それとも投げやりになったのか、洋介は早い転居を望んだ。
トラックに積んだダンボールを狭い2DKへ運び込み、取り敢えずの生活ができるよう確保する。
マンションにある高級家具などは、この仮住まいに入りそうもなかったので置いたままにしてきた。この部屋に似つかわしい箪笥や什器を、これから揃えなければならない。考えたくはないが、仮住まいが、そのまま洋介の終の住処となることもありえる。
最後の荷物を抱えて入ってきた幸一が声を掛けた。
「これで全部です」
部屋の掃除をしていた洋介が顔を出して頭を下げる。
「すまないね。本当にありがとう」
「いいえ……」どう応じていいのか分からず、幸一のほうが言葉を濁した。