一段落ついたところで、昼食をまだ摂っていなかったことに気付き、近くのコンビニへ弁当を買いに行こうと、幸一と慶子は連れ立って初めての通りを肩を並べて歩いた。
「ごめんなさいね、ずっと付き合わせてしまって」
「それは言わない約束だよ」
「これで新しい生活の目処がついたわ。もう中国へ戻ってちょうだい」
「でも……」
慶子は努めて明るく話そうとする。
「いつまでも伊藤さんと石田さんに甘えていたら、クビになっちゃうわよ」
言われて幸一は考え込んだ。さすがにそろそろ限界かもしれない。毎日のように工場へ電話を掛けて石田と業務連絡を交わしているが、中国人との折衝や許認可問題など、自分が戻らなければ処理できない仕事も段々と嵩んできているようだ。
「本当に大丈夫かい?」
幸一の問いに、慶子が無理に作った笑顔を返した。
「ねえ、聞いてくれる? ……今年の初めに、父は上海の公司を私の名義に変えてしまったの。おそらく、その頃から覚悟をしていたのね。公司の資産なんて、私が住んでいるマンションくらいしかないのに」
「それは賢明だったじゃないか、すべてを失うよりましさ。上海のマンションだって、安くはないだろう」
明るさを繕って話す幸一とは対照的に、慶子は目線が下がって俯き加減になった。
「でもね、それも処分して川崎産業へ返金しようと思うの。124億円の負債に対して、わずかなものでしかないけれど、やっぱりきちんと整理して、白紙に戻るべきだと思うの」
彼女の真っ直ぐな性格がそう決断させるのを幸一は理解できたが、一方で、娘のために幾らかでも資産を保全しておこうとした洋介の気持ちを考えると、安易に賛同しかねる。そんな思案顔の幸一に向かって慶子が宣言した。