「……電話をもらって、驚いたよ」
ようやく祝平が口を開いた。
「建平が君を探し出したんだ。彼は苦しんでいたよ。あの夜、君たちと一緒にいることができなかったことを」
隆嗣は言葉を選びながら応じた。祝平が首を振る。
「彼は運が良かった。それだけのことだよ……。君は、ずっと中国にいたのか?」
「ああ。俺が上海で暮らしていた19年の間、君は大変な目に遭っていたんだね。何と言っていいのか……」
「あの夜、捕まったのは24人、ばらばらに思想改造収容所へ入れられた……。俺は青海省にある施設に送られてね。農業や放牧をやりながらの自給自足生活。自由も目的も、それに言葉さえ奪い取られて、長い年月を過ごしたよ。毎日、ただひたすらに自然を相手にしながらね」
祝平が、膝の上に広げた自分の両手を見つめている。指が欠けた右手に気付き、隆嗣は遠慮がちに尋ねた。
「その手は……?」
「俺は、指1本ですんだから幸運な方さ。多くの同志が収容所の中で消えて行った。病に倒れる者、別の収容所へ移された者、看守に抵抗して行方不明になった者たちなど、様々な運命が待っていたよ。さすがに10年を過ぎると、歯向かう気力も気概もこの指と一緒に失ってしまってね、素直で従順な囚人になっていた」
隆嗣には、挟む言葉を見出すことは出来なかった。
「そして15年目、ようやく奴らは、俺のことを無害でおとなしい家畜と判断したんだろう。お前は国費で大学教育まで受けたんだ、その万分の一でも国家へ恩返しをしろと言われてね。あてがわれたのは、後進貧困地区の教員という身分さ。それも、上海の家族へ連絡を取ってはいけない、この茂県から外へ出てはいけない、制限を破れば家族に累が及ぶぞ、と脅されてね」