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「モダンの世界観とは、17世紀前半のフランスの哲学者デカルトのものである」(『テクノロジストの条件』)
この間、心底デカルトを信奉した哲学者はほとんどいなかったとドラッカーは言う。だが、モダンと呼ばれた時代の世界観は、あくまでもデカルトのものだった。
第1に、デカルトが世界とその秩序についての公理を定めた。その一つの表れが、「科学とは因果関係についての知識」であるとのフランス学士院の定義だった。端的にいうならば、それは「全体は部分によって規定される」との、科学者でも哲学者でもない者には、とうてい理解しがたい定義だった。
第2に、デカルトが知識の体系化についての公理を定めた。すなわちコンセプト間の関係について定量化をもって普遍的基準とした。
この主張は当然のことのように見える。なにしろ350年来、当然のこととされてきた公理である。
しかし、今日、このフランス学士院の定義をそのまま使う科学者など一人もいない。今日の科学と芸術は、デカルトの公理とは相いれることのない世界観を基盤にしている。
「今日ではあらゆる体系が因果から形態へと移行した。あらゆる体系が、部分の総計ではない全体、部分の総計に等しくない全体、部分によっては識別、認識、測定、予測、移動、理解の不可能な全体というコンセプトを自らの中核に位置づけている。つまるところ、今日のあらゆる体系において中核のコンセプトは形態である」(『テクノロジストの条件』)