「右の精巣に腫瘍(がん)が認められます」。そう医師に告げられたとき、Iさんは耳を疑った。まだ32歳、がんになるような年齢ではない。しかもタマにがんだって?

 精巣(睾丸)は男性ホルモンを分泌すると同時に精子をつくる臓器で、精巣がんの95%はこの精子をつくる細胞の異常から発生する。原因は不明だが、乳幼児期に睾丸が陰嚢におさまっていない「停留精巣」の既往があると、発症リスクが通常の10~15倍になる。日本人男性の発症率は10万人に1~2人ほどだ。

 精巣がんは20~30代の青年期に発症のピークがある。初期の症状は睾丸の腫れやゴツゴツしたしこり程度で、痛みも熱もない。違和感はあっても、まさか「がん」とは誰も思わないだろう。このため、他臓器への転移による自覚症状が出て初めて発見されることも多い。たとえば、血痰や息切れ(肺転移)や腰、背中のしこりや痛み(後腹膜リンパ節転移)などだ。結婚も仕事もこれからというときに、進行転移がんを告知される衝撃は計り知れない。

 ただし、もう一つの特徴に救いがある。それは精巣がんが基本的には「治るがん」だということだ。がんが精巣内にとどまる1期であれば手術で100%完治する。後腹膜や他臓器に転移がある2期以降は、まず抗がん剤でがん細胞を死滅させた後で転移部分を摘出し、がん細胞が残っている場合は追加の抗がん剤療法を行う。精巣がん細胞は抗がん剤に非常によく反応し、治療成績も8割と良好だ。