ところが今や、規制などなくとも2階建てブースはほとんどなく、大半のメーカーは平置き。それどころか、ブースを囲うパネルも高さをケチったものが多く、天井や背面の壁がモロ見え。制作費の安いドラマのセットもびっくりの寒々しさだ。

 コンテンツが充実していれば、そんなブースの“貧相さ”も気にならないというものだが、肝心の中身の“ケチり方”はブース以上のものがあった。日本メーカーは各社、とりあえずワールドプレミア(世界初公開)モデルを出している。が、内容的には悲惨なものだ。

コンセプトカーの
“張りぼて”ぶりに呆れてしまう

 かつてはコンセプトカーを製作するのは膨大な費用と手間を必要とするというのが常識であったが、第2次大戦後に後発として本格参入した日本の自動車メーカー各社も今や立派な古参組。

 ショーカー製作のノウハウも蓄積され、ちょっとしたコンセプトカーを作ることなど朝飯前だ。今回のショーカーを見ると、その“朝飯前モデル”のオンパレード。

 往年の本気モードのコンセプトカー群を知る人々はその“張りぼて”ぶりに呆れるであろうし、現代しか知らない世代は逆に、自動車業界が打ち出す先端感は「この程度のものか」と、これまた興味を示さないだろう。

 結果、コンセプトモデルではマツダが次世代で目指すデザインを、職人技を駆使して形にした「コンセプトクーペ」がやたらと目立っている状況であった。

 東京モーターショーが元気だった時代は、各社がそのくらいの情熱をショーカー製作に注いでいたことを思うと、東京モーターショーもとことん落ちぶれたものだと慨嘆せざるを得ない。