主人公の父は北京大学時代に「資本家や地主だから悪い人だと決め付けるのは弁証法に矛盾する」と発言し、1957年の「反右派運動」に巻き込まれて農村へ放下させられている。農村から出たい主人公たちは必死で受験勉強をし、念願の大学に合格するが、中国では地方の若者が大学へ進学するのは現在でも難しい。

 入試制度も、地方出身者には不利になっている。大学は、地方からの学生を受け入れたくないために、通常であれば合格点115点の大学でも、地方出身者は130点取らなければ合格できない。

 この小説の主人公が、やっとのことで進学し、大学の先生に教わったことは「民主化」であった。父や母に反対されても今度こそ民主化される、自分たちで政治を変えられる、と楽観的に考えていた主人公の描写は、今の反政府デモなどに参加している中国人たちとも重なってみえた。

今も実現していない
学生たちの民主化への思い

 今年の6月3日、中国外交部の秦剛報道官は報道陣に対し「天安門事件については、すでに明確な結論が出ている」とし再評価の考えがないことを示している。そもそも天安門事件を、政府は「反動分子による動乱」と位置づけている。

 主人公が拘置所からでて大学に戻ったとき「動乱分子を徹底的に打撃し安定した団結社会を守ろう」と書かれたスローガンが貼られていた。

 だが国を愛することをモットーと掲げても、なぜ人を愛する歌は禁止されていたのか? 学生たちは疑問を持ちながら、「テレサ・テンなど香港や台湾のカセットテープを独自のルートで取り寄せ、外に漏れないように小さい音で愛の歌を胸を高まらせながら聞いている」というくだりに心打たれる。

 また、最後の、料理店の主人とのやり取りのシーンが印象に残った。「自由な国になる?蒋介石を台湾から呼び戻すこと? 反革命になる! 死刑? 違う民主主義にするだけ?」「そんな理想より今日の飯が大事」「ただアメリカのように与党と野党がいて、自由がある国にしたい」

 だいぶ省略してしまったが、そんな店の人とのやり取りから、まだ知らぬ民主主義国を想像と夢でしか話せない学生たちのむなしさが感じられた。

 自由な国を願って命を落とした学生たちの思いは、あれから20年近くたった今でも、かなっていない。