フォードは平和主義者だったが、第2次世界大戦が始まると軍需にも協力し、日本を爆撃したB‐24をその効率的なラインで大量製造した。

 彼は成功すると田舎で理想主義的な生活を実践しようとした。その食生活は牛乳を飲まず、肉も食べないというものだった。代わりに大豆を好み、甘いものを避け、野草を摘んでサラダやサンドイッチにして食べた。当時は相当、奇妙な人に思われていたが、今ではこんな食生活を送る人も少なくない。

 しかし、健康的な食生活を実践していたわりに、彼は健康ではなかった。何度も心臓発作に襲われ、75歳の時に脳出血を起こして倒れてからは人が変わったようになった。

 1943年に息子のエドセルを失うと、社長に復帰するが既に経営者としての能力は衰えていた。それ以前、フォードはこんなふうに語っていた。

「20歳でも80歳でも、学ぶことをやめた人は若さを失う。学び続ければ若いままでいられる。人生で一番大切なことは、気持ちを若く保つことだ」

 45年には孫のヘンリー・フォード2世に会社を譲り、その2年後、再発した脳出血で死んだ。彼は死ぬまで学び続けていたのか、そうでなかったのか。それは誰にもわからない。

参考文献/『Young Henry Ford: A Picture History of the First Forty Y 9 ears』Sidney Olson著

(小説家・料理人 樋口直哉)