村田選手は真面目に力を磨いてきた人で、兄貴肌でチームメイトからの信頼も厚かったようです。そして、優勝と飛躍を求めて新天地に場を移した。そこでは、それまでの突出した4番バッターという地位は約束されず、本人が考えもしなかった「地味」な存在となってしまったように思います。

 もちろん、クリーンナップの一角ですが、決して生え抜きのスター選手ほどに輝かない存在です。綺羅星のごとくスター性に溢れる選手がいる巨人軍では実力はあるものの、スター性という面では比較優位に立てなかったというわけです。

 こうした場面はビジネスの世界でもよく起こります。自己評価と周りの評価、あるいは組織の評価とのギャップに悩む転職者は少なくありません。こんな方がいました。ある自動車メーカーでユニークでクリエイティブだと周りからも評価されていた方が、より自分に合うであろうクリエイティブな場を求めて広告代理店に転職したのです。ところが、ある研修で同僚からの評価を手紙でもらうというコーナーがあったのですが、そこで皆から評価されたのは、自分が自信を持っていた創造性ではなく、確実な仕事ぶりだったのです。本人はショックを受けたのですが、そういうギャップは往々にしてあるものです。

 これは比較優位、比較劣位の問題です。広告代理店では彼の創造性は「普通」だったのです。むしろ、前職ではやや劣っていた「確実な仕事ぶり」が目立ったのです。

 言いたいことは、もっと自分が輝く場所、比較優位を保てる活躍の場を求めるべきなのではないかということです。

 前連載「40代からの人生の折り返し方」の「一流のプロほど「準備」の重要性を熟知している」(2017年2月27日公開)でも紹介したイチロー選手はどうだったでしょうか。目がよく、足が速い、強肩であるという特性を生かし、1番バッターの外野に固執しました。オリックスでは4番への昇格を断り、MLBに移籍する際には徹底して戦略的に考えました。

 1番バッターにいい選手がおらず、自分の力でチームを優勝に導き得る位置にいるチームとしてマリナーズを選び、その場でトッププレイヤーの地位を不動のものにしました。彼は自分の特性を最も生かすことができるポジションを選択した、ハイパープロフェッショナルなのです。

 仕事ができるということは、どの世界でも大切な前提条件ですが、それだけでは十分ではありません。いくら仕事ができても、場との相性や時代性の中で、思ったほど自分の存在感が際立たないということもあります。

修業段階を卒業したら
立てた旗がより輝く場所を選ぶべき

 繰り返してきたキャリア成長論で言えば、30代はプロフェッショナルになる時期です。自分の専門分野で評判を得る時期です。そして40代(これはスポーツ選手の場合、文字通りの年齢ではなく、評判を得た後のステップととらえてください)は、会社の中で自分の運命を大きく変える、極めて重要な10年です。この10年のことを「出世の10年」と呼んでいます。