答えの一端は引退が電撃的に発表された1月26日に、再び公式ウェブサイト上に掲載された平山さんの言葉にある。

「度重なるケガのため、現役から退き、引退することを決断いたしました。開幕前の大事な時期にクラブに迷惑を掛けてしまうことを申し訳なく思っています。また、決断を尊重してくれたことに感謝しています」(原文のまま)

 仙台での公式戦出場は「0」だった。正確には幻と終わっていた。ホームのユアテックスタジアム仙台に北海道コンサドーレ札幌を迎えた、昨年2月25日のシーズン開幕戦。両チームともに無得点のまま迎えた試合終了間際に、平山さんは3人目の交代選手としてスタンバイしていた。

 しかし、直後にFW石原直樹のゴールで仙台が先制する。当然ながら渡邉晋監督の采配も値千金の1発を守り切るそれに変わり、攻撃の切り札的な存在だった平山さんの投入は取り消された。

 一夜明けた2月26日、札幌戦に出場しなかった選手たちは、JFLのソニー仙台との練習試合に臨んでいた。平山さんもFWとして先発していたが、左足首に違和感を訴えて、前半途中でベンチへ下がっている。

 なかなか痛みが引かなかったこともあって、数日後に精密検査を受けた。左くるぶし付近の腱が脱臼していることが判明し、3月11日に緊急手術を受けた。全治までは12週間と診断されたが、長いリハビリを経てチームの練習に合流しても、なかなかコンディションが上向かない。

 試合に出られないままシーズンを終えた昨年12月には、普通に歩くだけでも痛い状態へ悪化した。それでも契約を延長したうえで、年末年始を完全オフにあてて回復を待ったが、思い描く理想とはほど遠いことは誰よりも平山さん自身がわかっていた。

 おそらくこの時に、心が折れてしまったのだろう。引退にあたってのコメントを「度重なるケガのため」と綴り始めた心中は察するにあまりあるが、事前に引退を報告した渡邉監督からは「必ず復活させるから」と受話器越しに慰留された。