2月に公表された米国の雇用統計で賃金の伸びが市場予想を大きく上回ったことをきっかけに、米国10年債利回りはレンジ上限を突破し、以降、3%をうかがう水準での高止まりが続いている。グローバル市場の中心である米国の10年債利回りの上昇は、一般的に他の先進国の長期金利上昇を促しやすい。
日本の場合を例に取れば、米日10年債利回り差の拡大が本邦投資家による米国債投資を促し、その結果、日本国債が売られるというパスや、あるいは米日10年債利回り差の拡大が円安ドル高を促し、わが国の景気拡大への期待が高まることで日本国債が売られるというパスが平時では起こりやすい。
ドイツという輸出大国を抱えるユーロ圏でも同様のプロセスで長期金利上昇が生じやすいのだが、ここ2カ月ほどの日独の長期金利はむしろ低下気味に推移しており、米独、米日10年債利回り差の拡大傾向が続いている。
日独の長期金利が上昇しない理由の一つにドル安が挙げられる。米日および米独10年債利回り差が拡大する中、ユーロや円はドルに対してむしろ上昇しており、日本やユーロ圏では通貨安をよりどころとした景気拡大は生じていない。
米トランプ政権の保護主義が市場のドル安期待を高めているほか、米国の長期金利上昇が主にインフレ期待を背景としていることで、金利差と為替の関係に狂いが生じているようだ。インフレは通貨安を促すとされるからだ。
もう一つの理由が米国の短期金利上昇だ。つまり、米国では長期、短期共に金利が上昇していることになる。米国債の運用を考えた場合、重要なのが長短金利差、利鞘であるが、利上げが繰り返される中、米国債市場における長短金利差は縮小傾向にある。
海外投資家が米国債投資における為替リスクをヘッジする場合、米国と自国の短期金利差がヘッジコストとなる。米国10年債利回りが3%をうかがう中、ヘッジコストを差し引いた米国10年債利回りは0.3%前後と高くない。
本邦投資家はそのような米国債に見切りをつけ、自国の国債(20年債)やヘッジ後利回りが高いドイツ、フランスの10年債への投資を拡大しており、このことも日独の長期金利上昇を抑制している。
為替ヘッジ後の米国10年債利回りの低水準や為替市場におけるドル安傾向に鑑みれば、米国の長期金利だけが上昇する異例の展開も長期化しそうだ。本邦投資家の国内債、ユーロ圏国債志向も続くだろう。しかし、例えばドル安傾向が一転してドル高に向かうような変化が生じた場合、日本やドイツの長期金利が急激に上昇しやすいなどのリスクを孕んでいる点には留意が必要であろう。
(SMBC日興証券 チーフ為替・外債ストラテジスト 野地 慎)