「いいこともあれば、悪いこともある。当たり前の話ですよ」と李は平然と語るが、常人なら耐えられないほどの辛苦もあったはずだ。

「確かに、普通なら自殺してもおかしくないような状況に追い込まれたこともたくさんありました。でも、そうしなかった。結果として私は、人の何倍もの人生を生きることができたと思っているの」

 幼少の頃の李は、文化大革命という苛烈な時代状況の中、けっして恵まれてはいない環境で育った。革命委員会の「造反派」に属していた父親は、文革中は連日、反革命分子の打倒に心血を注いでいたが、毛沢東の死去後はある経済事件に巻き込まれ、最後は不遇の死を遂げた。兄は精神に支障をきたし、母親も58歳の若さで脳溢血で亡くなってしまった。

 頼りは自分だけ。改革開放時代の激動の中国を、李はあらゆる手を使って生き抜いた。

「はっきり言って、何でもした。自分の利のためには賄賂も使ったし、コネを利用してズルもした。カネがほしかった。自由もほしかった。だから、日本を目指したんです」

 これまで6回もの結婚歴があるが、離婚のたびにすべての財産を手放してきた。離婚の原因は主に“女”。李は誰よりもエネルギッシュな男だが、性欲も並ではなかった。

「私、欲張りなの。お金も欲しい、いい仕事もしたい、有名になりたい、おいしいお酒で酔っぱらいたい、いい女を抱きたい。全部ある。どれが欠けてもダメなの」

 女性経験は“4ケタ”だというが、50歳を超えたあたりから、ある一つの欲望が他の欲望を凌駕するようになっていったという。