森嶋はここ数日間で調べた日本の遷都について話した。植田は無言で聞いている。おそらく彼も調べているはずだ。その上で参加したのだ。
しゃべりながら首都移転は当然のことのように思えてきた。なにも東京に固執することはない。国会が東京以外の都市にあってもなんの不思議もない。むしろ、そう考えない方が不思議であるように思える。
「東京が首都と言われるようになって明治から150年近く、江戸時代から数えると、400年以上がすぎている。もうそろそろ何かが起こってもいいと思いませんか」
植田はしばらく考えていたが、やがて腹を決めたように口を開いた。
「ある人からハドソン国務長官が総理に手渡したアメリカ大統領の書簡の話を聞きました。そしてその折、正規の通訳を使わずあなたが間に入ったことも。こんなことはかってないことだ。私にこの話をしてくれた人はあなたが、新しい部署に配属されたことも話してくれました」
「それで大臣を通じて参加したわけですか」
植田は頷いた。
「他の政治家は首都移転のいきさつをどの程度まで知っているんですか」
「ほとんど知りません。新しいチームができたことすら知らない議員がほとんどです。大部分の議員が、目先の問題に追われているというのが現状じゃないですか」
「高脇准教授の論文は読まれたんですね」
「先生には大学で直接会って話をききました。非常に有能で真摯な方だとお見受けした。あの方の言葉なら信頼できると思いました」
「かなり頑固で偏屈なところもありますがね」
森嶋は、深夜に突然マンションを訪れ、今回の発端となったレポートを預けると、小雨の中をコートのえりを立てて去っていった姿を思い浮かべた。
「お願いがあります」
「私に出来ることなら」
森嶋はジョン・ハンターについて話した。植田は表情も変えず聞いている。
「政府は、知っていますか」
「ホテルは帝都ホテルのスイートを含めて12部屋。2ヵ月の契約で借り上げました。日本に興味を持っていることは確かでしょう。観光以外にね」
「情報はどこから」
「おそらく、あなたと同じだと思います」
「東京経済の野田理沙さんをご存知ですか」
「玉井忠治氏を通じて知り合いました。若いが有能な記者だ」
植田はユニバ社長の名を挙げた。ユニバは新興のIT関連企業だ。
植田が理沙と知り合いだとしてもおかしくはなかった。理沙は有能な政治経済の記者だし、それなりに目立つ人だ。業界では有名なのだ。首都移転に関してもおそらく理沙からの情報に違いない。こういう世界では、ギブアンドテイクが常識だから、移転チームの情報はすべて理沙にいくのか。森嶋は数日前のコーヒーショップでの問答を思い出していた。
「彼女は非常に信義を重んじる人だ。過度な見返りを求めようなんて思ってもいない」
植田が森嶋の心情を読んだように言った。
考えれば、確かにその通りだ。いつも無理難題を突き付けてくるようだが、森嶋に迷惑がかかったことはなかった。そして必ず、森嶋にとって有益な情報を伝えてくれた。