経済的に成功は収めたが
本当に得たものは最愛の夫

 2002年には『Mandara〜夢に包まれながら』(徳間ジャパン)という曲で、長年の夢だった日本での歌手デビューも果たした。故郷の上海にはマンションを3つ、日本でもビルを購入するなど経済的にも成功を収めた。

歌手活動を再開した謝鳴さん

「いろんなことがありました。中国時代から付き合っていた恋人とは、生活のすれ違いから別れてしまいました。日本に来て2年ほどで結婚した最初の日本人男性とは、お互い若かったせいでうまくいかず、これも破局。私ってつくづく男運がないんだなって思っていたけど、20年前に出会った2人目のダンナさんは本当に運命の人でした。一流建設会社のトップで仕事人間だったけど、店や歌手活動で忙しい私を大きな心でいつも見守ってくれる、本当に優しい人でした」

 闘病生活を送っていた夫は2年前に死去。しばらく何もする気が起こらなかった謝鳴だが、昨年8月からようやく歌手活動を再開。7月には歌舞伎町に舞い戻って、『浪漫亭』を復活させる予定だという。