「政府は、現在の日本の八方ふさがりを首都移転で乗り切ろうとしてるってことね」

「政治家が、奇抜なアイデアで国民の目をそらせようとしているだけなのかも知れません」

「ひどく消極的なのね。でも、これは使えるかもしれないわよ。上手くやると一石三鳥、四鳥にもなる便利なアイデア」

「でも、どこに東京を移すというんです。前の首都機能移転プロジェクトは、時間と金を費やしただけで失敗したんですよ」

「東京を移すというんじゃないわよ。新しい首都を造るの。日本の新しい出発というわけ」

 理沙の声が心なしか大きくなった。

「これは秘密というわけじゃないんですが、あまり公にはしないほうがいいかと思います。いずれ時期がくれば、正式な記者会見を開いて発表するはずです」

 優美子が遠慮がちな声を出した。

「そうね。今はそれどころじゃなかったわね。まず、高脇准教授の件だったわね」

 理沙は背筋を伸ばして、改めて2人を見た。

「彼のそのウォーミングアップ論は、かなり国民の不安を煽ることになる。逆に、ユニバーサル・ファンドなど日本を狙っている投機マネーにとっては絶好の機会よ。すでにこの情報を持ってるでしょうね。銀行や証券会社が正常に戻ると同時に一斉に動き出すはずよ。政府も日銀も、なにか対抗策を取っているのかしら。優美子さんは財務省出身のはずね」

 理沙は優美子に視線を向けた。

「私はまだ下っ端でしたから、そこまでは分かりません」

「インターナショナル・リンクも新しい日本の格付け発表のチャンスを狙ってる。今日でも、明日でもおかしくはない。そうだったわね、森嶋君」

 理沙は笑みを含んだ顔で森嶋を見た。

 地震騒ぎで空白はできたが、これも時間の問題だ。すべては日本にとってマイナスの方向に動いている。

「いずれにせよ、ここ数日でインターナショナル・リンク、ユニバーサル・ファンド、そしてあなたの友達のウォーミングアップ論、様々なことが動き出す。私もこれから朝刊向けの記事を書かなきゃならない。もし何か政府内に動きがあったら、すぐに知らせてね。私は良心に基づく記事しか書かないから」

 そして、しばらく考えていたが口を開いた。

「私は今、日本は岐路に差し掛かっていると思っている。ほんの数十年前には日本は廃墟から立ち上がり、世界でも羨ましがられる国だった。でも特にここ数年で、その凋落は著しい。世界情勢も大きく変わっている。ヘッジファンドなど一つのグループが一つの国の運命をも握るような事態が起きている。そして、日本がその標的になろうとしている。だから何とかして、それを防がなきゃならないの」

 そのとき、理沙がポケットに手を入れ、携帯電話を出した。今度は2人の前で話し始めた。

「すぐに可能性のあるところを探すのよ」

 強い口調で言うと、理沙は携帯電話を切った。

「高脇准教授が消えてしまった。研究室に行ったら、1時間ほど前に出ていったきり戻ってこないと言われたって。誰もどこに行ったか知らない。連絡も取れないそうよ」

 1時間ほど前というと、森嶋と優美子が研究室を出たころだ。

 理沙は立ち上がり、レシートを取ると森嶋に片目をつむって店を出ていった。