理沙が帰ってから1時間ほどコーヒーショップで話し、2人は店を出て各々のマンションに帰って行った。

 森嶋はワンセグチューナーを付けたパソコンの前に座っていた。

 どのチャンネルも地震の話題だったが、高脇の論文の話はまったく出てこない。その間にも高脇の携帯電話に電話したが、相変わらず同様のメッセージが聞こえてくるだけだ。

 ニュースの時間帯が終わってから、迷った末に理沙に電話した。

「テレビじゃ、高脇の論文の話なんて出ませんでしたよ」

〈彼の居場所、あなたは知ってるてことないでしょうね〉

 理沙のイライラした口調の声が帰ってくる。

「マスコミも探してるんですか」

〈もちろんよ。ニュースにしようにも、このままじゃ出来ない。どうしても真偽の確認と、本人のコメントが必要なの。ところが本人は雲隠れ。研究室にも家族にも何も告げないでね。こんなの許せないでしょ〉

「当然、明日の朝刊にも高脇の論文については何もなしですか」

〈裏の取りようがないでしょ。本人が消えてるんじゃ。他社も同じよ〉

 それに、と言って言葉を濁した。

「言ってください」

〈研究結果に間違いがあったか、捏造だったのか。あの投書は、本人が送ってきたものなのか、そうでなければ誰が送ったのか。きっとマスコミからかなりの電話があったはずだから、その反応に怖くなって姿を隠した。そう考えてるマスコミも多いわよ〉

「何か分かったら教えてください」

 森嶋は携帯電話を切った。

 高脇の憂鬱そうな顔が浮かんだ。いったい、彼に何が起こった。

 数時間前の研究室での自信に溢れたあの話しぶりはなんだったんだ。単なる虚勢か。いや、虚勢などはるような男ではない。それでは――。森嶋の脳裏を不吉な影がよぎった。

 窓に目を向けると漆黒の闇が貼りついている。その闇の中から高脇が見つめているような気分がして、思わず目を閉じた。

 松下講師から電話があったのは日付が変わった直後だった。

 松下は夜分に申し訳ありません、と前置きして話し始めた。

〈ご家族と研究室に電話がありました。急用でしばらく帰れなくなった。しかし、自分は元気なので安心してほしいというものです〉

「声の調子は」

〈普通でした。いえ、少し高かったのかな。興奮している感じでした。ほとんど一方的に話して切れました〉

「どうするつもりですか、ご家族は。警察に捜索願いを出すとか」

〈それはないと思います。高脇先生は元気だということと、心配しないようにということを繰り返していました。今は十分な時間がないが、また連絡するとも〉

 森嶋はそれ以上何も言えなかった。

 さらに連絡があれば知らせてほしいと言って携帯電話を切った。

 今日も眠れそうにないなと思いながら、デスクに座りパソコンを立ち上げた。

                                                                          (つづく)

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