「やめたいとか、やめるといった会話は野球部の中で聞いたこともなかった。自分も一度も考えたことがありませんでした」

 明確な目標があり、やりがいがあったからだろう。

 都立強豪のひとつ都立昭和高の野口哲男部長は中学2年のとき『甲子園の心を求めて』を読んだ。父親から渡されて読み、すぐに「高校は東大和」に決めた。道輔さんの教えは本に書かれていたとおりだった。部室は1年生が使う。3年生たちは倉庫の片隅を使う。グランド整備も3年生たちが率先してやる。全員野球、レギュラーだけが偉いんじゃないという道輔さんの考えを控え選手だった野口さんも身をもって体験した。

甲子園を目指すチームがかみしめる「野球より大切なもの」

 おかやま山陽高校の堤尚彦監督は、中学3年のとき『甲子園の心を求めて』に出合った。感銘を受け、「都立東大和に入りたい」と、著者の佐藤道輔さんに手紙を書いた。当時は学区制で越境入学が認められなかったが、「君の学区内では、都立千歳は大きなグラウンドもある」と書かれた返信に導かれ、千歳高に入学。3年夏、主将・4番打者として大会に臨んだが初戦で敗れた。高校卒業後、クリーニング工場で1年働いた後、東北福祉大に進学。卒業後は世界での野球の普及に情熱を注ぎ、ジンバブエやガーナで野球の指導にあたり、その後、縁あっておかやま山陽高校の監督になった。

 昨夏、おかやま山陽は激戦区岡山を勝ち抜き、初めて甲子園出場を果たした。今春はセンバツに出場し、夏も優勝候補の一角に挙げられた。が、思いがけない出来事が襲った。

 豪雨、水害。4番の選手のほか、何人かの選手の家が水をかぶった。大会直前だが、部員全員で土砂撤去の手伝いに行った。この夏、おかやま山陽は3回戦で玉島商に5対1で敗れた。だが、野球より大切なものがある。当然のことをチーム全員でかみしめた夏だった。

『甲子園の心を求めて』に影響を受けた監督たちが、甲子園という目標を直視しながらも、試合の勝ち負けに執着せず、野球を通じて何を学ぶのか、何を表現するのかを模索し続けている。本来の高校野球が目指すべき本質がそこに浮かび上がって見える。

 甲子園という幻想にしがみつき、小さな商売や権益に執着しているのはごく一部の主催者たちではないのだろうか。彼らの利権のために、高校生を犠牲にしてよいわけがない。

 主催者もファンも、「夏の甲子園」にこだわり続ける。だが、甲子園の心を持ち続ける限り、会場が「甲子園」でなくても、開催時期が「真夏」でなくても、高校野球の素晴らしさは受け継がれるのではないか。むしろ、夏の甲子園に執着し続ける弊害のほうが大きくなっている。

 いま佐藤道輔さんがお元気だったら、どんな未来を提言するだろうか。そこに想いを馳せることが、新しい高校野球を創り上げる上で重要な手がかりになる。

小林信也
1956年生まれ。作家・スポーツライター。人間の物語を中心に、新しいスポーツの未来を提唱し創造し続ける。雑誌ポパイ、ナンバーのスタッフを経て独立。選手やトレーナーのサポート、イベント・プロデュース、スポーツ用具の開発等を行い、実践的にスポーツ改革に一石を投じ続ける。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』『長島茂雄語録』『越後の雪だるま ヨネックス創業者・米山稔物語』『YOSHIKI 蒼い血の微笑』『カツラーの秘密』など多数。
甲子園は「負けたら終わりの青春ドラマ」のままでいいのか

(本記事はVICTORYの提供記事です)