「人生の節目はやはり突然やってきた。2011年3月11日。東日本大震災よ。うちでは祖母とおじさんと母が亡くなった。母と祖母の遺体はまだ見つかってないの」

 森嶋はなんと言っていいか分からなかった。

 「100年以上続いた村津の家も流されてしまった。子供のころ夏休みに行くと、古くて広くて、絶対にオバケがいるって思ってたわ。どっしりしてて、津波なんか跳ね返すって思ってたのに、簡単に流されてしまったの。蔵も仏壇も位牌も、ぜーんぶね。おじさんがやっていた水産加工工場も流されてしまった。そして、港の裏にあった村津家代々のお墓も。その中に入ってた骨壷もね。要するに何も残らなかったってわけ。100年以上の歴史が何もね」

 早苗は淡々と人ごとのように話してはいるが、そうせざるを得ないのだろう。自分の身に起こったこととは考えたくない。

 そのとき、森嶋のポケットで携帯電話が鳴り始めた。優美子からだ。エレベーターで着信履歴を見たときマナーモードを解除していたのだ。

「遠慮しないで出てちょうだい」

「いや、いいんだ」

 森嶋はマナーモードにして携帯電話をポケットに戻した。怒り狂った優美子の顔が浮かんだ。

「お母さんは――」

「父はちょうど家にいなかったの。町の郵便局に行ってた。祖母を背負って、避難所に逃げる母を見かけたって人がいるだけで、その後はどうなったか分からない」

 早苗はかすかな息を吐いた。

「父がときどき胸ポケットに手をやるのを気付いてない」

 森嶋は頷いた。相手の質問を聞いているときや間合いを測るときなど、右手で胸の辺りを押さえるのだ。心臓でも悪いのか単なる癖なのか、気になっていた。

「母の写真を入れてるのよ。たった1枚、残された写真。いつも一緒にいたいんでしょうね」

 早苗は残りのビールを一気に飲み干すと、焼酎を注文した。