五輪の名の下で
文化財が消滅していく

 多額のインフラ投資と人口減のダブルパンチで財政が悪化していけば、さまざまな文化財が経費削減の対象になるだろう。「五輪不況」の影響がじわじわと出てくる2022年あたりから、東京はもちろん、さまざまな自治体に残された神社仏閣、遺跡、古民家、伝統文化等のメンテナンス費用が削られて、消滅していくのだ。

 そんなのはお前の妄想だと言う人がいるが、これも先ほどの五輪施設と同じで、過去に実際に起きている。日本人は1964年を境に、経済も文化も発展するなど素晴らしいことが起きたと思い込んでいるが、全く逆の側面もある。

 例えば、東京はロンドン、パリなどと並ぶ長い歴史を誇る都市だが、歴史的な街並みはほとんど残っていない。日本を訪れた外国人観光客がガッカリする理由のひとつだ。

「それは東京大空襲で焼け野原になったから」と思うかもしれないが、そんなことはなく、1964年まではそれなりに江戸の面影は残っていた。五輪のインフラ建設ラッシュによって、今の感覚では残すべきと判断されるような歴史的建築物や伝統文化が次々と破壊されてしまったのだ。

 その象徴が、五輪の1ヵ月前に惜しまれつつ消えた「佃の渡し」だ。佃島と銀座を結ぶ隅田川の渡し船は、江戸時代から続く庶民の足だった。今に残っていれば、イタリア・ヴェニスのゴンドラのように、外国人観光客が多く訪れ、江戸文化を後世に伝える風景となったはずだが、道路が整備されたという理由で消滅したのである。

 古いものをすべて残せなどど言っているわけではない。

 しかし、暴力指導のコーチも、五輪を目指す女子選手が「信頼している」とかばうと何やらセーフっぽくなったように、日本は「五輪のため」という言葉を持ち出すと、なんでも許されるムードがある。「五輪インフラ」を建設するため、長い目で見ると日本の価値を上げていく文化や伝統がいともたやすく見捨てられる怖さがある、と申し上げているのだ。

 2020年の東京五輪では、一体どんな文化が消えていくのか。予算削減の矛先が向かうのが「日本人の宝」ではないことを祈りたい。