発売1ヵ月で6万部とヒット中の新刊『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の刊行を記念した、著者・朝倉祐介さんとの対談シリーズ。今回は、スタートアップのバイブルといえる『起業のファイナンス』『起業のエクイティファイナンス』の著者でベンチャーキャピタリストの磯崎哲也さんをお迎えしての後編。リサーチ会社化しているベンチャーキャピタルの存在など、活況を呈するスタートアップ市場の実態が明らかに!(構成:大西洋平、撮影:野中麻実子)

日本のVCの投資が小口化してしまう理由

磯崎哲也(いそざき・てつや)さん
フェムトパートナーズ株式会社 ゼネラルパートナー
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、長銀総合研究所、ネットイヤーグループ株式会社CFO等を経て、2001年磯崎哲也事務所を設立し代表に就任。以降、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師等を歴任し、現任。公認会計士、税理士、システム監査技術者、公認金融監査人(CFSA)。主な著書に、『起業のファイナンス』『起業のエクイティ・ファイナンス』、ブログ「isologue」やメルマガ:「週刊isologue」も執筆。

磯崎哲也さん(以下、磯崎) より多くの資金を集めるためにも、今後のベンチャーキャピタル(VC)はファイナンスを語ってロジックでお金を集められるようになること、が課題だと思っています。日本では「ベンチャーを応援したい」という気持ちや、「最先端の情報を収集したい」というニーズの資金が集まっているファンドが多いのですが、機関投資家の資金はそれでは集まりません。今でも100億円以上集められるVCはファイナンスを語れるはずですが、そうしたファンドが非常に少ないことは日本のVC界にとって大きな課題の一つです。

朝倉祐介さん(以下、朝倉) LPが事業会社中心であるために、図らずもVCがリサーチ会社と化していることもありますね。リターンを出すこと以上に、LPへの情報提供を優先することに、構造的になってしまっている。より多くのスタートアップの情報を得ようとすると、初期段階のスタートアップになるべく多くのお金を投じて接点を持つことがより合理的な行動になる。ただそうなると、結果として1社にドカンと投じるVCがなかなか出てこなくなってしまいます。このため、初期段階はまだしも、ステージが進むにつれてより大口の資金が必要となってくるスタートアップがファイナンスに苦労してしまいます。

磯崎 シリーズA(商品・サービスをローンチし、初めてVCから資金を調達するフェーズ)では、起業家は自分の夢を語ればいい。しかし、次のシリーズB(ビジネスモデルが構築されて規模拡大のための資金を調達するフェーズ)の段階だと、まだその会社のKPI(重要業績評価指標)も十分な大きさになっておらず、スタートアップ側も成長の可能性をうまく説明できないところが多いうえ、そもそも資金の出し手が少ない。こうした状況で、シリーズAでお金を出した投資家が、さらに追加の出資に意欲を見せれば、それに追随する動きが出やすくなります。そのような流れを生み出すリード役を務めるVCがいるかどうかで変わってくるし、そうしたVCにこそファイナンス思考が必要でしょうね。

スタートアップ転職の“嫁ブロック”がなくなった

朝倉 拙著『ファイナンス思考』では、ファイナンスを4つの機能として定義づけています。ファイナンスとは企業価値を高めるための、A「外部からの資金調達」、B「事業・資産からの資金創出」、C「資産の最適配分」、D「ステークホルダー・コミュニケーション」という一連の活動である、と。

磯崎 非常にわかりやすいですよね。

朝倉 無論、4つの機能のうち注力すべきポイントは、企業の成長フェーズによって変わってきます。昨今、多くのスタートアップでAに関する理解は随分と深まってきた印象を受けます。一方で、いまだ資産もなく、限られたステークホルダーとコミュニケーションしている状況にあるスタートアップの構造上、CとDはなかなか意識されづらいでしょう。だからこそ、初期の段階からすべてを巧みにこなす必要はなくても、こうしたファイナンスの全体像を起業家が知っておくことが大事だと思うんです。もし創業者自身が得意でなければ、その分野に強い人を外から獲得することもゆくゆく考えたほうがいい。そうでないと、IPO後にCやDで苦労し、慌てることになります。メルカリやラクスル、じげんなどは専門家をチームに引き入れて、総じて高い評価を受けています。とかく創業者のカリスマ性やプロダクトの秀逸さに目が向けられがちですが、それをファイナンスによって支えるメンバーが必ずチームに存在しますよね。

磯崎 えてして経営者は、ファイナンスとは「お金を集めること」と捉えがちです。けれども、株式でお金を集めるということは、会社の価値を成長させることと表裏一体です。どのように成長していけば、出資者にどういったリターンを提供できるのか――想像しながらお金を集めないと、後々ややこしいことにもなりかねません。もちろん、初めて起業した人にとって、それは容易いことではないでしょう。だから、おっしゃるように、ファイナンスのことがわかっている人がチームにいることはとても重要です。メルカリにしても、創業者で会長兼CEOの山田進太郎さんはイグジット(会社の売却)を経験していますし、社長の小泉文明さんも大和証券SMBC(現大和証券)を経てミクシィでCFOを経験するなど、事業とファイナンスの両方に知見がおありです。そういった経験者が社内にいることで、成長が全然違ってくる。

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を共同設立し、現任。

朝倉 経験者も含めた布陣を敷くと、内外で安心感は増しますね。

磯崎 今後の「メルカリ以降」の時代は、スタートアップもそれなりの年収で優秀な人材を確保する流れになるでしょう。今までは、前職で年収1000万円だった人に800万円を提示して、「代わりにストックオプション(自社株購入権)を付けるし、みんなが目をキラキラ輝かせて働いていますよ」と誘っていた。しかし、仮に本人がOKでも、年収ダウンに“嫁ブロック”がかかって流れてしまうことも多かったのです。

朝倉 数年前であれば、スタートアップなんかに見向きもしなかったような優秀な人材が、金融業界やコンサル業界などからスタートアップの世界に流れ込んでいますね。

磯崎 それが実現できたのも、スタートアップの調達額が数十億円規模が当たり前になった効果だと思います。伝統的なファイナンスの教科書には、エクイティによる調達は資本コストが高いからなるべく減らし、運転資金は必要最小限に、と書いてあった。でも、それに反して、メルカリは上場前にすでに570億円ものキャッシュを積んでいますし、米国のテック系企業も上場時に数千億円の資金を積んでいることはザラです。頭が硬いと無駄なキャッシュに見えますが、それによりM&A等の買い物ができる可能性を示せるだけでなく、これはという社員に高い年収も提示できるし、どう考えても今後数年はつぶれないと思われれば、へたな大企業より安心して転職できます。手元のキャッシュが潤沢なら、A案とB案という甲乙つけがたい施策も両方試すことができますし、権限移譲もしやすくなる。キャッシュによって、経営のスピードも質も、全てを向上しうるわけです。

スタートアップの信頼を高めるブランディングとは?

磯崎 創業経営者は、とかく製品やサービスのよさで勝負しようとしますが、どう「ブランディング」をするかという点が大事だと思うんです。まったく同じ素材と製法のバッグでも、ハイブランドか否かで値段が大きく変わるように、企業価値の判断でも同じことが言えます。スタートアップにおける「ブランディング」とは「この経営メンバーなら、数年で確実に大きな企業価値を構築しうる」ということを、投資家に上手に伝えることです。初期のスタートアップのファイナンスは、Excelで数字がきちんとあってればOK、というものではなく、会社のブランディングで雲泥の差が出てくる。「ファイナンス=ブランディング」と言ってもいいくらいです。

朝倉 自分たちの会社について、俯瞰して客観視できているかが問われますね。 僕がご著書『起業のファイナンス』を読んで非常にリアリティがあるなと感じたのは、「ある種の相場として企業価値が決まる」と説明されていた点です。一般的な教科書だとDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法やマルチプル法などで説明されますが、そもそも多くのスタートアップはキャッシュフローが出ていない段階ですから、厳密な数字を算出しようがない。「エイヤー!」とある種の相場観で算定しているのが現実です。もし仮に事業予測が正確にできて、DCF法で論理的に突き詰めても、未上場企業のリスクプレミアムがいくらかなんて、機械的には算出できない。怪しげに聞こえるかもしれませんが、究極的に会社の本当の価値は経営者の“志”で決まってくるのだと思っています。会社をどこまで大きくしたいのかという強烈な意思を持っていて、それに共鳴する人がどれだけ出てくるのかということに尽きるのではないでしょうか。 

「スタートアップは、自分たちが信頼に足る存在だとブランディングすることに大きな意味がある」と磯崎さん

磯崎 私が出資の判断を行う際に最も重視する点もそこです。その経営者が単に口先だけで言っているのか、それとも本気で理想を目指して辿り着きそうなのか。そして、最終的に企業価値が非常に高くなるんだ、ということが、投資家に伝わる人やビジネスかどうか。「原宿の女の子をターゲットにしたアプリを作りたい」という話では、どう考えても5000億円の企業価値にはならない。でも、「世界中の女の子に使われるアプリを作る」というなら話は変わってきます。そういう大きな“志”を示したうえで、実現できそうだと思わせられるよう、実際に起業家のみなさんもいろいろと工夫されています。

 それでも、すべては伝えきるのは難しいですから、自分たちが信頼に足る存在だとブランディングすることに大きな意味があります。昔の銀行の本店が大理石のギリシャ神殿のような立派な作りになっていたりと、ビジネスの歴史では、時代や国や業種ごとに自分たちの信頼性を打ち出す実に様々な工夫が行われてきました。スタートアップも「うちのサービスはいいんです!」というだけでなく、そういう努力をもっとしてよいと思います。シリコンバレーでは結果として、創業メンバーがみな2つ以上のマスター(修士)を取得しているといった超学歴社会になってしまっていますが、日本は別のアピールも必要そうです。

朝倉 実績としてアピールできるものがないスタートアップの場合は、自分たちをどう見せるか、ストーリーとして上手に語ることも求められますよね。非常に勉強になりました。本日はありがとうございました。

磯崎 こちらこそありがとうございました!

*本対談のダイジェスト版は『週刊ダイヤモンド』9/15号第一特集「ファイナンス思考 PL脳をぶっつぶせ!」に掲載されました