発売1ヵ月で6万部とヒット中の新刊『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の発売を記念してお送りしている著者・朝倉祐介さんの対談シリーズ。今回は、スタートアップのバイブルといえる『起業のファイナンス』『起業のエクイティ・ファイナンス』の著者でベンチャーキャピタリストの磯崎哲也さんをお迎えします。活況を呈するスタートアップ市場の実態が明らかに!(構成:大西洋平、撮影:野中麻実子)
朝倉祐介さん(以下、朝倉) 磯崎さんの著書『起業のファイナンス』には昔、お世話になったんです。僕が大学卒業後マッキンゼー&カンパニーで働いて3年経ち、学生時代に仲間と立ち上げたスタートアップ(のちにミクシィに売却)から戻ってこないかと誘われて、2010年に復帰した頃のことです。僕が戻る直前に行った資金調達では、当時では珍しく、優先株を用いたスキームを採用していました。さらにもう一度、資金を調達することになり、契約書や定款も見直しましたが、プレ・ポストのバリュエーション(資金調達する前と後の価値評価)や優先株主との出資契約など、実はよくわかっていないことがありすぎて、ご著書で勉強させていただきました。
フェムトパートナーズ株式会社 ゼネラルパートナー
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、長銀総合研究所、ネットイヤーグループ株式会社CFO等を経て、2001年磯崎哲也事務所を設立し代表に就任。以降、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師等を歴任し、現任。公認会計士、税理士、システム監査技術者、公認金融監査人(CFSA)。主な著書に、『起業のファイナンス』『起業のエクイティ・ファイナンス』、ブログ「isologue」やメルマガ:「週刊isologue」も執筆。
磯崎哲也さん(以下、磯崎) そうでしたか。ありがとうございます。
朝倉 優先株は、投資家側から見ると普通株では反映させられないリスク回避などの条件を埋め込むことができるというメリットがありますよね。だからこそ、スタートアップ側も通常では考えられないような高い評価額での資金調達が可能となります。一方で、スタートアップ側がその内容をきちんと理解していないと、投資家側にいいように仕切られてしまう恐れもあります。実際、知識不足のために非常にエグい出資条件を付けられているスタートアップを見ることもありますし、自分たち自身も当時は本当に何もわかっていなかったと反省しました。事業の組み立てや経営に対する手腕を問われる以前の問題として、単にファイナンスの基本知識がないがために躓くといった失敗をしているスタートアップも少なくないのではないかと思います。
磯崎 スタートアップの資金調達は、最初の最初で躓く確率が一番高いです。『起業のファイナンス』については、当時のベンチャーによるエクイティファイナンス(株式発行による資金調達)が年間1000件程度だったので、「CEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)が買ってくれたら2000部は売れるかな?」というのが、発売前の私の皮算用でした。ところが蓋を開けたら、ベンチャーに関わる、大学の先生や官庁の関係者、会計士や弁護士などに広く読んでいただけて、万単位で売れる結果となり、嬉しい誤算でした。
起業する人が多いから、起業する人が多くなる
朝倉 当時と比べれば、最近のスタートアップ界隈の盛り上がりは本当に隔世の感がありますね。『起業のファイナンス』の効果もあり、今はファイナンス的な知識を持っている起業家も格段に増えています。
磯崎 冗談抜きで、「違う国になった」というレベルで変わりましたね。私はベンチャーを支援するファンドを2012年と2013年、2017年に立ち上げていますが、1本目を作る際は、日本でベンチャーによる1億円以上の資金調達はわずか5件程でした。それが、翌年には50件に増え、その後も幾何級数的に増え続けて、2017年には10億円以上の資金調達が50件にも上りました。特に顕著なのは、大きくなる可能性を秘めたスタートアップに資金が集中する傾向です。2010年当時は日本のベンチャーが絶滅するのではないかと危惧していましたから、おっしゃるとおり、まさに隔世の感がありますね。
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を共同設立し、現任。
朝倉 僕が学生だった2003〜06年頃もちょっとしたベンチャーブームで、楽天の三木谷浩史さんやライブドアのホリエモン(堀江貴文氏)が球団を買うという話で世間を騒がせていました。それでも、今ほどは盛り上がっていなかったと思います。各務茂夫先生(現東大産学協創推進本部イノベーション推進部長)による単位のつかない「アントレプレナー道場」という授業があって、僕はその一期生でしたが、当時はまだ起業に興味のある学生は完全に異端児扱いでした。その最初の授業で、リバネスCEOの丸幸弘さん、2回目ではシリウステクノロジーズを率いていた宮澤弦さん(現ヤフー執行役員)が講師を務めたことを今でも記憶しています。宮澤さんはまだ大学院生だったし身近には感じましたが、今は格段にそうした先輩が増えているのではないでしょうか。
磯崎 東京大学や慶応大学湘南藤沢キャンパス(SFC)あたりの一部ではありますが、先輩や同級生が起業したのを見て、「あいつにできるなら自分も……」と思える環境になってきた。起業が身近になった、というのは、極めて重要な変化だと思います。週刊ダイヤモンドでも「社長の多い大学」といった企画がよく取り上げられていますが、昔は早稲田大や日本大などが目立っていたのに対し、最近の起業熱は、東大や慶應の方が熱い気がします。慶應SFCは東京から隔離されて独自のカルチャーがあるせいか、すでに5年前の時点で、進路希望先の上位3位内に「起業」が入っていました。
朝倉 スタンフォード大学の状況を見ても、「起業する人が多いから、起業する人が多くなる」んですね。トートロジーですけど。周囲で起業している人がいれば、自分もやってみようと思うものなのでしょう。ご著書『起業のファイナンス』の序盤に起業家に必要な素養の一つとして、「イケてるネットワークに入る」重要性について言及がありましたが、本当にそうだと思います。そういったネットワークの中にいれば、有益な情報が流通しているし、起業することが何か特別なこととは思わなくなりますから。
CVCのマジックワード「我々は、リターンを追求しません」
磯崎 朝倉さんの新著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』で、目先の売上・利益にとらわれるPL(損益計算書)脳に侵されている点が指摘されていましたが、ベンチャーキャピタルでさえPL脳で思考するところもまだあるんです。「ここはもっと人件費等をふんだんに使って成長する局面だろ」と思うところで、「利益がちゃんと出ているの?」といった発言が平気で出てきますから。
朝倉 それがアーリーステージのスタートアップに対する要求だとすると、きついですよね。初期段階のスタートアップが目先の利益を追求しだすと、小さなサイズ感に最適化して、むしろ成長を阻害されかねない。
磯崎 利益が出始めることが確実な、数年後にはもう上場できそうだというベンチャーに対しては、昔から日本でも活発に投資されてきました。問題は、まだ海のものとも山のものともつかない状況だけど、とにかく凄い発想を抱いている、といったベンチャーに対して億円単位の資金を投じる投資家が5年前までほとんどいなかったことです。今も、そういったベンチャーに億単位で投資できるベンチャーキャピタル(VC)は日本に10あるかどうかでしょう。
ベンチャー投資は、シード段階で投資するとIPO(株式の新規公開)を果たすまでに7~10年と長いサイクルを要するのはご存じのとおりです。その点、たとえば銀行系VCに出向していた担当者が3年程度で銀行本体に異動になるといったことになると、長い目で見通しづらい。景気の浮き沈みに動静が左右されるCVC(企業による社外ベンチャーへの投資)も、トップの交代や戦略変更などで同様の面がある。ということは、独立系VCを増やすことこそ、日本のベンチャーの生態系を活性化するカギだと考えています。
朝倉 金融機関系VCやCVCは、(リード役でなく)フォロワー的な位置で投資されることが多い印象です。それから、CVCにおいて気をつけなければならないのは、大企業のロジックによって判断されがちなところでしょうね。たとえ現場の担当者は情熱をかけていたとしても、結局は「利益が出ていないのはおかしい」という大企業の論理に引きずられかねません。
磯崎 つまり重要なのは「何系列か?」ではなく、「担当者が10年単位でコミットできる」「投資先の企業価値を向上させるインセンティブがある」ことが、それぞれファンドをつくる際の契約等で担保されていることです。実際、「大学系」「証券系」「銀行系」「CVC」と言われるところでも、ここ数年、キャピタルゲインが出たらちゃんと「キャリー」(いわゆる成功報酬)が入るようにするムーブメントが起きつつあります。そうした意味での「独立系」が主導するのが理想です。アーリーステージで利益が出なくても「それで当たり前」と独立系VCが言えば、フォロワーもそういうものかと納得してくれることが多い。
一般にベンチャー投資の報酬の世界的な相場は「Two-Twenty(管理手数料は2%、成功報酬としてキャピタルゲインが出た場合の2割)」と言われ、パートナーたちとそれらを分け合います。より高いバリュエーションでIPOさせるほうが分け前も大きくなりますから、独立系VCは投資先の成長を素直に求め、それを喜ぶマインドになります。これに対し、「独立系」でないVCは、「当初の事業計画と異なる点について、うちの常務が納得できる説明を用意してもらえないと困る」「契約で定められた提携の話を前に進めてくれ」などと、投資先の成長とは関係ない「雑念」にとらわれがちです。
朝倉 CVCがよく口にするマジックワードは、「我々はリターンを追求しません」。一瞬、耳にやさしい言葉に感じられますが、彼らにとって、投資先の価値が高まることは二の次なんですよね。最優先は、投資先と自分たちの会社との提携を成功させることでしかない。スタートアップにしてみれば、資金を得るために、他の会社と共に働く機会を失いかねない。
CVC側も、そもそもファンドとして投資している以上、リターンを求めないというのは本末転倒ですよね。「投資先に成長を求めない」と言うに等しい。それに、そのCVCを運営する会社の株主に対しても極めて不誠実な態度です。リターンを期待できない投資をするくらいなら、株主に還元してしまったほうがいい。
VCに多くの資金が流入するためにもリターンを追求すべき
朝倉 アセットクラス(投資対象となる資産)の一つとしてVCを成立させるためにも、もっと積極的にリターンを追求すべきだと思います。VCは一つの金融商品で、上場株式や債券、ヘッジファンド、不動産投資などと比較される立場にあります。本来、ハイリスク&ハイリターンであるはずのVCがそれらと比べて見劣りすると、いつまで経っても世の中から信任を得られません。言い換えれば、一向に流入する資金が増えないことを意味します。おっしゃるように独立系VCの増加が大きなカギを握っていると思いますが、彼らにしてもリターンをもっと貪欲に追求しなければ、VCに資金を投じてみようと思う機関投資家も増えないのではないでしょうか。
磯崎 日本でも、独立系VCはリターンが非常に高いファンドが多く、投資対象として非常に魅力的なはずです。ただ、日本は100兆円単位のお金が余っているのに、機関投資家の運用資金からベンチャー投資に回る資金は、ほとんどありません。その一番の理由は、今までファンドサイズが小さすぎたからです。預金の利息がほぼゼロなので、一般の人は年利回りが20%もの商品があればすごいと思うでしょうが、兆円規模の資産を運用する機関投資家からすれば、10億円規模のVCファンドに投じた1億円が10年で10倍に増えても、全く嬉しくない。機関投資家の十億円単位の資金を受け入れるには100億円超のファンドが望ましいですが、そうした独立系のVCファンドは今の日本には10本もないのが実情です。米国のベンチャー投資が年間6兆円にのぼることを考えれば、日本の経済規模からいって年間1兆円以上にならないとおかしいのですが、現状はその10分の1にとどまっています。ここが、今後10年で大きく様変わりしていくと私は考えています。
朝倉 磯崎さんの著書『起業のファイナンス』の序盤に「日本の資金循環マンダラ」という図が出ていますよね。個々の人々の家計と日銀や民間金融機関、中央政府や地方自治体、事業法人との間でお金がどのように巡っているのかを独自に図解されたものですが、ふとそれを思い出しました。米国も1980年代に年金基金がVCに出資できるよう規制緩和されて一気にVC資金が拡大したように、日本の貯蓄やさまざまな投資家からスタートアップ業界にどれだけお金を引き出せるか、が目の前の大きなテーマとなっていると感じます。(後編へ続く)
*本対談のダイジェスト版は『週刊ダイヤモンド』9/15号第一特集「ファイナンス思考 PL脳をぶっつぶせ!」に掲載されました