総合化学メーカーの三菱ケミカルホールディングス取締役会長・小林喜光さんと、書籍『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の著者・朝倉祐介さんとの対談後編(リンク)。難しい事業の選択と集中も「本気で」「言い訳なしで」やればできる、と言い切る小林さんに、前編につづいて経営の極意を聞いていきます。(撮影:野中麻実子)

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 自前主義にこだわってR&D(研究開発)は聖域として守るという日本企業が多い中、M&Aのほうが効率がいいと言い切られる経営者は珍しいですね(前編参照)。

小林喜光(こばやし・よしみつ)
三菱ケミカルホールディングス取締役会長
1946年山梨生まれ。東京大学大学院相関理化学修士課程修了、イスラエル・ヘブライ大学、イタリア・ピサ大学に留学(いずれも国費留学)。74年に三菱化成工業入社、96年三菱化学情報電子カンパニー記憶材料事業部長兼三菱化学メディア取締役社長、03年三菱化学執行役員、05年同常務執行役員兼三菱化学科学技術研究センター取締役社長、06年三菱ケミカルホールディングス取締役兼三菱化学生命科学研究所代表取締役、07年三菱ケミカルホールディングス代表取締役社長、15年より現任。経済同友会代表幹事。理学博士。著書に『地球と共存する経営』『危機に立ち向かう覚悟』など。

小林喜光さん(以下、小林) 公平な目で見て、経営というのはM&Aですよ。M&Aなら、(買収対象の事業は)すでに事業化しているので、収益性や次の投資の時期や額、既存事業とのシナジーも見通せる。一方で、R&Dは、どれだけテーマを厳選しても、事業化できるのは1割以下。仮に事業化がうまくいっても、すぐに中国や韓国のメーカーにコストで負けてやられる。
 今後、基礎的なR&Dは国の研究所や大学とコラボレーションしてオープンイノベーションで手掛けたほうが、アカデミアのほうもマーケットを意識して研究できるし、全体が活性化していいでしょう。当社では、そうした取り組みに加えて、新たに設置した先端技術・事業開発室においてデジタル技術を活用した新たなビジネスモデルを探索するとともに、シリコンバレーを拠点としたスタートアップ支援でファンド的な動きも進めています。このように多元的にR&Dをやらないと間尺に合わない時代が来た。熟成しながらじっくりクローズドでシーズを生み出すより、今の時代のキーワードは「スピード」と「オープン」でしょう。

朝倉 より小さい組織やアカデミアでR&Dが成功するのは、そこに一点集中するからでしょうか。

小林 ベンチャーにおける研究も、成功の確率が低いとはいえ結果が出せるのは、やはりガッツゆえじゃないですか。大企業にいれば、ファイナンスは自分でやらなくても、ちょっと稟議書を書けば予算がついちゃうでしょう。仮に失敗しても、生活も保証されているから切迫感がない。そういう心を社内ベンチャーにどう植えつけるかは大きな課題になります。研究者ですら、絶対に事業としてやれるとでっちあげるぐらいの気概がないとダメなんですよ。僕も光ディスクの研究を始めるときは、絶対モノになるとでっちあげて2億円の予算をぶんどってきましたから。結局、その人にやる気があるかですよね。当然、時代の風を読むことも重要です。

提携を断る相手の決まり文句は「OBを説得できない」

朝倉 ライフサイエンスの基礎研究を行っていた三菱化学生命科学研究所も、社長になられた2007年の翌年、閉鎖を決定されました。

小林 この研究所は、71年に会社創立20周年の記念事業として設立され、“知性の象徴”とも言われていました。脳疾患の研究や生命倫理の研究などで大学教授を150人ぐらい育てたり、長い目でみればいい点もあるんですよ。ただし、毎年30~40億円を投じて、事業にはひとつも結実しなかった。だから、閉鎖しました。

 社長に就任した年には、鹿島のコンビナートでのプラント事故、独占禁止法違反に関する強制調査、C型肝炎問題などが起こり、このままでは会社がつぶれると思ったのです。ですから三菱化学生命科学研究所の閉鎖だけでなく、基幹事業であった石油化学等においてもその分野で4番手や5番手に甘んじている塩ビやスチレンといった事業はやめ、インド・中国におけるテレフタル酸事業も時間はかかりましたがやめ……雇用の問題でかなり苦労はしましたが、売上高で6000億円に相当する事業から撤退しました。新陳代謝をどれだけ繰り返せるかが経営ですよ。もちろん整理するだけでは会社は萎んでしまいますから、2010年の三菱レイヨンとの経営統合を手始めに、クオリカプスの買収、大陽日酸との経営統合、日本合成化学の完全子会社化などを実施しました。M&Aによる売上高の増加は、1兆4500億円になります。

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を共同設立し、現任。

 昨年4月にはグループをさらに再編して、三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨンの3社を統合して新生「三菱ケミカル」を発足させ、これでHD傘下に、三菱ケミカル、田辺三菱製薬、生命科学インスティテュート、大陽日酸が並ぶ形になりました。ここまで三菱レイヨンとの経営統合後7年近くかかりましたが、機が熟して一緒にやろうと社員一人一人が思える段階にきたと思う。日本では、資本の論理をふりかざしても人は動かない。米国のダウ・ケミカルがローム・アンド・ハースを買収して、半年後には工場も人員も半分削減していましたが、日本ではそういうことをやってはうまくいかないんです。

朝倉 若くて小さい規模の会社であれば、新陳代謝ももう少し簡単でしょうが、大きい組織のそれは本当に大変ですね。

小林 結果としてグループに入ってくれた会社はありますが、稀有な確率ですよ。もっとたくさん声はかけている。でも、ほとんどのところが断るんですよ、今の日本は。「OBを説得できないんです」と言う会社もあります。だから、本気でやろうと思えるかどうかだと思う。自分の在任期間だけ生き延びられれば、と考えるトップがいるかもしれないけど、そうじゃなくて、20~30年先の会社や日本を見据えて、もっと広いフィールドで勝負しよう、一緒にやろうよ、という思いを共有できないとダメだと思う。