「サーモン養殖の歴史を塗り替えた人」──。数年後、十河哲朗はそんなふうに言われているかもしれない。
この33歳の若者が取り組んでいるのは、回転ずしやスーパーの鮮魚売り場などでおなじみのサーモン(トラウトサーモン)の陸上養殖だ。
そもそも魚の養殖には海面養殖と陸上養殖がある。だが、サーモンはほとんどが海面養殖であり、そのうちの約9割をノルウェー産とチリ産が占めている。
しかし大量の餌や排せつ物などを海に垂れ流す海面養殖は、環境への負荷が大きい。そのため、世界的に消費が増大する中で陸上養殖の必要性が高まっている。
にもかかわらず、大規模な陸上養殖で事業化に成功している企業はいまだにない。その最大の理由は生産コストの高さにある。
畑違いの技術者たちがつくった
陸上養殖システム
通常の陸上養殖は、海水や地下水を使い、飼育水槽の水を毎日3割程度入れ替えて水質を維持する。だが水温を常時15度前後に保つために電気代が掛かり、コスト競争力では海面養殖にかなわない。
これを覆そうとしているのが十河たちの新たな陸上養殖だ。飼育水槽に水道水から作った人工海水を入れ、それをろ過し続けることで、水の入れ替えをせずに水質を維持する。具体的には、魚が排せつする毒性が強いアンモニアをバクテリアによって毒性の弱い硝酸に変換。さらに、特殊なバクテリアによって硝酸を気体の窒素に変換して大気中に放出する。