意外な話だが、今、日本が「畜産・水産大国」になろうとしている。インバウンドの影響で和牛やクロマグロのおいしさが外国人にも知れ渡り、需要が急増しているのだ。日本の肉や魚の美味しさを支えているのは、実は「エサ」。「食の源流」のはずなのにあまり知られていない、「エサ」の意外な世界をレポートしたい。(経済ジャーナリスト 夏目幸明)
絶滅危惧種・太平洋クロマグロ
完全養殖を可能にしたのは「エサ」
浦島太郎のお話では、竜宮城に行くと「タイやヒラメの舞い踊り」が見られるという。いずれも高級魚だったから、竜宮城の豪華さを伝えるため例に挙げられたのだろう。ところが今や、1皿100円の回転寿しでも食べることができる。いまはもはや大衆魚なのだ。
これが「養殖」の威力だ。配合飼料大手・フィード・ワン、水産飼料部の髙橋康久氏が話す。
「養殖には、自然界から稚魚を捕らえて育てる『蓄養』と、養殖した親魚の卵を孵化させる『完全養殖』の2種類があります。蓄養は自然に負荷もかけますし、生産量が安定しませんが、完全養殖ができるようになると、生産量が増加し安定するため、価格が徐々に安くなっていくのです」
タイやヒラメに続いて現在はクロマグロの完全養殖も成し遂げられた。今後はクロマグロも大衆魚になるのでは?といううれしい予想もある。そして、完全養殖成功の背景にあるのが「エサ」の進化だ。
マグロは数百万もの卵を産むが、成魚になれるのは、たった数匹。特に生まれたては、小さくて食べるものが限られるし、体に栄養分がついておらず、泳ぎも下手。だから、水温、明るさ(明るいところに向けて泳いでいくので、暗いと沈んで死んでしまう)などを細かく調整しないとすぐ全滅してしまう。なかでも「エサ」が難しい。たとえば、生まれたばかりのマグロには、長い間、何を与えればいいのかわからなかった。
「孵化したばかりのマグロは全長約3mm程度と非常に小さいんです。そこで魚粉のタンパク質に酵素処理を加え、タンパク質を細かくしてから与えると消化吸収がいい、などと突き止めていくんです。また、ある魚介類のエキスを加えると、嗜好性が高くなってよく食べてくれたりします。こうして長期間の研究を重ねエサを改良することで、マグロ稚魚が生き残る確率が高くなると、結果、経済合理性が生まれ、養殖魚を届けられるようになるんですね」(フィード・ワン、水産飼料部の川上高弘氏)
髙橋氏が完全養殖のマグロ稚魚に食べさせるエサを見せてくれた。見た目は粉のようだ。
「でも全長3cmのマグロにとっては、何粒かでおなかいっぱいになる巨大なものなんです。だからこの1粒の中に、ビタミン、ミネラルなど必要な栄養素をまんべんなく詰め込まなければいけません。実は高い加工技術が必要なんですよ」
エサ次第で味もよくなるという。
「マグロに限らず、出荷する数週間前にビタミンEや天然ポリフェノールを含む配合飼料を与えると、細胞膜が強くなってドリップが出にくくなるんです(ドリップ=肉や魚を切ってしばらくすると出てくる液体。ドリップが出てしまうと旨みが減る)」
もし、クロマグロが天然物しかなければ、インバウンドどころではなく、日本国内でも奪い合いになるはずだ。太平洋クロマグロは国際自然保護連合により絶滅危惧種に指定されており、その理由は「寿司や刺身のため」と指摘されている。だが、完全養殖マグロであればむしろ、大手を振って輸出が可能となる。