>>(上)より続く

強い自己嫌悪の中で
救いを求めた夢想・願望

 Aさんの友人であるBさん(26歳男性)も「あの人になりたい」願望の持ち主である。女装趣味はなく、異性愛者なので、「一般的な多数派」である男性たちとなんら違いはない。Aさんを友人に持つことからもわかるように、他者の嗜好に理解を示す人物である。Bさんが自覚する範囲で、Bさん自身にマイノリティーに属するような性的嗜好はないらしい。

 しかしやや破滅的な傾向があり、自己嫌悪の闇に陥って「栄養失調で倒れるまで食事を制限した」「3ヵ月間誰とも言葉を交わさず、連絡が来ても無視して過ごした」などの経験がある。自己肯定感が低く、悩み葛藤することに多くの時間と労力を割いて過ごしている青年である。

「僕は自分が好きではなく、自分の今の冴(さ)えない人生を他でもない自分が作り上げてきたという自責とも後悔ともつかない念があります。そして冴えない自分から一生脱却できないんだろうという見通しを持っています」(Bさん)

 Bさんの話はだいぶ暗い滑り出しである。しかし本人は絶望にとらわれているつもりでもないらしかった。

「人生に向き合うにあたって、僕のこの姿勢は決して心地いいものではありませんが、このスタンスしか取りようがなくてこうなっているのだから仕方ないとして受け入れています。他の人も大体そんな感じだと思いますし。

 自分の不甲斐(ふがい)なさを認める際は苦痛が伴いましたが、一旦受け入れてしまえばだいぶ楽になって、それからは『この手元にあるカードでどうやって最善を目指していくか』とポジティブな姿勢を保つことができるようになりました」

 悩み葛藤することはその場で足踏みしているようにも思えるが、実際は前進である。葛藤の時期を経なければ越せない壁は各時点で厳然として存在するのからである。