実は、1957年版でも「株主は…」というセリフがチラッと出ているので、制度の変化を製作者がどこまで意識していたか分かりませんが、少なくとも2つの映画を比べると、民間中心の提供体制が変わっていない点、そして「株式組織」「法人化」という言葉遣いの違いに制度の変化が反映している可能性に気づかされます。

経済採算性の重視が
医療過疎を生み出す

 では、「営利性」の判断を「株式会社かどうか」という点に求めつつ、実態は経済採算性を優先している矛盾はどんな形で顕在化しているのでしょうか。

 その一つの現われが、医師偏在の問題です。民間医療機関は採算を取りにくい過疎地域や離島などに進出したがらないため、医師が1人も働いていない「無医地区」、あるいは医療資源に乏しい「医療過疎」が生まれやすくなってしまいます。

 こうした無医地区や医療過疎を取り上げた映画としては、2009年製作の『ディア・ドクター』があります。

 映画の舞台は過疎化と高齢化が進んだ人口約1500人の村。主人公の伊野治(笑福亭鶴瓶)は総合病院まで車で2時間弱、カーナビに登録されていない過疎地の「神和田村診療所」で働いており、健康診断で各戸訪問するなど熱心に活動しているため、村民から慕われていました。

『ディア・ドクター』ジャケット写真
『ディア・ドクター』©2009『Dear Doctor』製作委員会/発売元・販売元バンダイナムコアーツ/DVD 3800円+税

 しかし、緊張性気胸の患者を迎えたときに治が慌てた様子などを見て、看護師の大竹朱美(余貴美子)は治をニセ医師であると気づきます。

 それでも朱美の手助けや偶然に支えられ、何とかバレずに済んでいましたが、鳥飼かづ子(八千草薫)の診断を巡ってトラブルが発生し、治は姿を消してしまいます。

 治がニセ医師であることが発覚する過程など、詳細はDVDでご確認いただくとして、この映画の基本は「医とは何か」を問う点にあると思います。研修医の相馬啓介(瑛太)、かづ子の娘の医師のりつ子(井川遥)よりも、むしろ医師の免許を持っていない治の方が患者の生活に寄り添っているためです。

 しかし、大都会のように医師やベッドが多い地域であれば、住民は簡単に医療サービスにアクセスできるので、治のような存在をありがたいと思う機会は少ないでしょう。医療過疎の地域だからこそ、治が「医師」として働ける設定を生み出しているといえます。