ITバブルに、周囲の起業家たちは浮き足立っていました。ですが、僕には疑問がありました。「自分たちに、会社の価値に見合うような実力があるのだろうか」と。「もしも、本来の実力がないのに、上場会社になってしまったら、後々、きっと株主に迷惑を掛けてしまうだろう」。

ITバブルが崩壊
債務保証で苦境に

 そうこうするうちに、ITバブルがはじけ、気付けば僕らはどん底の状態でした。

 28歳のときです。僕は個人保証を含めて最大で9億円近くの負債を抱えていました。バブル崩壊後の不況に、上場を果たした企業は、調達資金で何とかしのいでいましたが、僕らには手元の資金がありませんでした。上場しない決断が裏目に出てしまったのです。

 そもそも当時は、信用のないベンチャーが銀行からお金を借りられる時代ではありません。そこで、ベンチャーは、投資家から出資を受けるのですが、そのためには「債務保証」が必要でした。

 デットではなく、エクイティーなのに債務保証が付いていた。ベンチャー投資なのにリスクマネーの概念がない、そんな時代だったのです。

 僕はジョイントベンチャーの形で何社も立ち上げており、多くの出資を受けていました。バブル崩壊前は、「やろう、やろう」とジャンジャン資金が集まってきたからです。それがバブル崩壊後は、手のひらを返すように、特にマイノリティー出資の人たちが「債務保証しろ」と、迫ってきました。

 僕は、こうした借金を返済するために、当時うまくいっていた会社を泣く泣く手放すことにしました。足元を見られて、純資産プラスアルファ程度でしか売れませんでした。今なら、とは思いますが当時はそんな時代だったのです。

 そういうと、「父や兄(孫正義)に助けてもらえばよいのではないか」と思われるかもしれません。ですが、世の中のイメージと違って、そんな助け合いは一切ないのです。

 仮にその当時、兄にお金を無心したとします。そういっても、兄は「それはおまえのためにならん」で、終わりです。

 なぜなら、兄は兄でソフトバンク立ち上げのときに資金繰りで、地獄の苦しみを経験しています。なので「おまえも経営者ならそういう苦労をしないといけない」という考えがあるのです。経営者としては対等だというのです。