こうした変化の到来に気づいた別のアーティストがいた。プリンスである。

 プリンスは、2001年のバレンタインデーに、オンライン・サブスクリプション・サービスであるNPGミュージッククラブを立ち上げた(NPGは彼のバックバンドであるNew Power Generationの頭文字)。それがタイダル(Tidal)〔アーティストとファンをつなぐストリーミングサービス〕の先駆けとなったと見ることもできる。

 NPGミュージッククラブは5年間にわたり、毎月または毎年のメンバーシップを提供し、ファンに新譜を提供するだけでなく、コンサートへの優待、リハーサルやアフターパーティーへの参加機会などを提供した。

 プリンスのデジタルプロデューサーであるサム・ジェニングスは、『Subscribed』のポッドキャストで、プリンスがいかに彼のサービスに価値を築くことにコミットしているかを詳しく話してくれた。

「メンバーになったら、毎月約3~4曲の新曲、ライブバージョンやリミックスやその他いろいろ貰える。あと、オーディオショー。僕たちはオーディオショーと呼んだけど、要はポッドキャストだ。基本的に1時間ほどのラジオ番組で、プリンスがスタジオで収録して、僕たちがダウンロードファイルにして提供した。
 狙いは、彼らに同時進行体験を提供して、自分もその一部になりたいと思ってもらうことだった。彼らは音楽を入手し、ダウンロードファイルを受け取るんだけど、彼ら自身もさまざまなコミュニティ体験の一部になる。彼らにたんなる客ではなく、メンバーの一員と感じてもらうにはどうすればいいか、いつもそのことを考えていたよ」

ミュージシャンとリスナーの進化した関係

 さらに進んで、リスナーがたんなるメンバーでさえなく、創作プロセスにまで参加するようになれば何が起こるだろう。

 2016年、カニエ・ウェストは一種の新しいアルバムをリリースした。それは実際にはまだ完成していないアルバムだった。彼は歌詞に磨きをかけたり、曲の収録順を変えたり、音を足したり引いたりする過程を公開したのだ。テクノロジー業界であれば、この「ザ・ライフ・オブ・パブロ」というアルバムはさしずめ「実用最小限の製品」(MVP:ミニマム・バイアブル・プロダクト)と呼ばれるだろう。

 この呼び方にはどこか顧客を小馬鹿にしたような響きがあるが、実は非常に重要な考え方だ。

 とにかく市場に何かを投入しなければ、企業は顧客からフィードバックを収集することはできず、事業の継続と改善のためのデータを得ることもできない。MVPはクラウドソフトウェア開発における絶対的な原則であり、カニエは楽曲制作プロセスにそれを適用したのだ。