消費者の関心が「所有」から「利用」へと移行しつつあるなか、急成長をとげているのがサブスクリプション企業だ。音楽・動画配信などで日本でも知られるようになったこのビジネスモデルが、いま、なぜ伸びているのか。話題の新刊『サブスクリプション』(ティエン・ツォ著)の本文から一部抜粋してお送りする。

ネットフリックスが「パイロット版」を作らない理由写真はイメージです。

新ドラマには、
パイロット版の制作がつきもの

 パイロット版は、ネットワークテレビの開発プロセスにおいて基本的な部分を占める。

 大きなテレビスタジオは、当たるか当たらないかわからない番組に、最初から1シーズン丸ごとの制作費を注ぎ込んだりはせず、1回分のエピソードだけ制作し、ラスベガスのような場所で視聴者の反応をテストする(番組制作者がラスベガスを好むのは、米国中から観光客が訪れているので、米国全体の評価を適切に反映すると考えられているからだ)。

 テレビ番組の制作には巨額の資金が要るので、テレビスタジオにとってパイロット版は賭け金の一部をヘッジするための方法だ。

 番組改編の時期になると、パイロット版はそれ自体「ハンガー・ゲーム」のような血なまぐさい展開をたどることになる。数百を超える企画案がテーブルに載せられ、数十の脚本に絞り込まれ、そこからさらに絞られて15本ないし20本のパイロット版が制作されるのである。

 パイロット版の寿命は短く険しい。『バラエティ』誌によれば、最終的に完全なテレビ番組になるのはパイロット版の4分の1以下だと推定されている。パイロット版は市場調査なのだ。

 だが、ネットフリックスはパイロット版を使わない。これまで作ったことがないし、これからも作らない。

 誤解しないでほしいが、ネットフリックスも駄作を発表することはある。しかし、HBO〔Home Box Office:米国の衛星およびケーブルテレビの老舗放送局〕と並んで、誰もがそれについて語りたがるような、時代精神を反映した最高の番組を生み出すことにかけて例外的ともいえる成功を収めている。たとえば、「ザ・クラウン」「ハウス・オブ・カード」「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」「ストレンジャー・シングス」などだ。

 ネットフリックスは、最初のオリジナル・コンテンツである「ハウス・オブ・カード」で殴り込みをかけるとき、米国ではほとんど知られていないこの英国ドラマが、自社のプラットフォームでは非常に健闘していること、デビッド・フィンチャー、ケビン・スペイシー、ロビン・ライトらが視聴者のあいだで人気があることを知っていた。さらに視聴者が政治ドラマに熱心なこともわかっていた。

 これをべン図に描けば、これら3要素が重なる「ハウス・オブ・カード」の成功は約束されているようなものだった。しかし同時に、この濃密で多層的なストーリーが限られた尺のパイロット版にうまく収まらないことも理解していたので、彼らは最初から番組全編のために小切手を切った。