治療の差し止めが
裁判に発展したという設定

 2番目の類型、つまり治療の差し止めを意味する尊厳死、あるいは消極的安楽死を考える映画としては、2012年製作の日本映画『終の信託』があります。

 主人公は折井綾乃(草刈民代)という呼吸器内科の部長。江木秦三(役所広司)という気管支ぜんそくの患者の主治医でしたが、江木は糖尿病などの副作用を伴うステロイド剤の服用を避けたいと考えていただけでなく、25年にも及ぶ闘病生活が家族に負担を強いていることも気に病んでおり、以下のように綾乃に託します。

「そのときがきたら、この苦しみを終わりにしてください。(略)ただ生かしておくために、体中チューブにつながれ、ただ生きている肉の塊で生かされたくない。(略)先生に決めていただきたいんです。僕がもう我慢しなくてもいいときを。そのときを先生にお預けします」

 そして、そのときが訪れます。川沿いで倒れた江木が、心肺停止の状態で救急搬送されたのです。綾乃は救命措置を講じますが、1週間ほど一進一退が続いた後、意識が戻らない状態に陥ります。

 結局、妻と2人の子どもが立ち会いの下、綾乃は江木の人工呼吸器を取り外します。涙交じりに「長い間、お待たせして申し訳ありませんでした。私が臆病だったためにつらい思いをさせてしまいました。もっと早くしなければならなかったんですね」と声を掛けつつ。

 しかし、綾乃は検事の塚原透(大沢たかお)による厳しい取り調べを受けることになります。塚原は「綾乃が独断で江木の命を縮めた」と考えており、横浜地裁の判断に従わなかったことを問題視します。これは末期がん患者に塩化カリウムを投与した実在の判決であり、塚原は綾乃に対し、患者本人の意思、あるいは患者をよく知る家族などの意思が事前に示されていれば、以下の3つが認められていると説明します。

(1)「治療行為の中止」「尊厳死」 その条件は回復の見込みがなく、死が不可避の末期状態であること。
(2)「間接的安楽死」 死が不可避で死期が迫り、耐えがたい肉体的苦痛があること。
(3)「積極的安楽死」 死が不可避で死期が迫り、耐えがたい肉体的苦痛があることに加えて、苦痛を除く手段が他にない。