わが国における医療と介護改革について欧州から学ぶことの2回目は、「看取り」の問題である。日本ではまだ「死に方の話なんて縁起でもない」「老人は早く死ねってことか」と終末期の話題は避けられがち。終末期を迎えても、延命治療について医師などから問われると、「ご家族に判断を任せます」と口を濁し、その家族は「先生(医師)にお任せします」となることが多い。

 自分で決めない。日本人特有の家族・集団主義からなかなか脱皮できない。一連の医療・介護改革で「本人の意志が重要」と唱えられても現場はだいぶ違う。

 だが、個人主義が浸透している欧米では「自身の死のあり方」について社会的議論が成されてきた。その最先端を行くのがオランダだろう。現地での取材を織り込んで報告する。

世界で初めて法制化
オランダにおける「安楽死」のいま

 オランダは先進諸国で病院死が最も少ない国である。病院死が少ないのは、在宅医療や在宅ケアが社会の隅々まで浸透しているからだ。

 その究極の在宅医療が安楽死という選択だろう。オランダは世界で初めて安楽死を法制化した国である。安楽死とは、自らの自由意志で死を選択し、その理由を聞いた医師が認めて薬を処方し亡くなること。死の選択肢を広げた。

 延命治療を拒否して自然に死を待つ尊厳死や自然死とは異なる。本人の意志を尊重する究極の制度である。

 安楽死法は2001年に成立した。同じ国会でやはり世界で初めて同性婚も認めている。同性婚は昨今、世界各国で次々受け入れられている。いろいろな考え方やライフスタイルを尊重し、妨げないことに国民が賛意を示し制度化した。安楽死も同様に、人々の願望をすくいあげ、選択の翼を伸ばそうという発想に基づく。 

 安楽死のそもそもの議論は40年前に遡る。「私の終末を助けて」と、半身麻痺の母親に頼まれた女医がモルヒネを投与して死亡させ大騒動になった。有罪宣告されたが、執行猶予つきの禁固1週間で実質的に薬の投与は容認された。

 この事件を機に、「公開の議論に」と1973年に自由意志生命の終結協会(NVVE・安楽死協会)が作られ、医師会が安楽死認めて法制化作業に関わる。

 国民的な議論を重ねた結果、「殺人だが、手続き通りなら罰しない」とする安楽死法に帰結した。その手続きとは、(1)本人が死を望む意志(2)主治医が認めて実行者となりもう一人の医師の承認が必要(3)死後に検視官が調べ検証委員会に報告――などが決められた。

 2011年には、死者13万6000人のうち安楽死は3695人。12年は4188人に上り、全死亡者の3%弱。毎年増えており約8割強がガン末期の人だ。

 発症前から手続きを踏んでいれば認知症の人も安楽死しており49人に上る。安楽死を認める国は広がり、隣国のベルギーやスイスに、そして欧州外のオーストラリアやアメリカのオレゴン、ワシントン、モンタナ、ニューメキシコ各州に及んでいる。