日本では「ムラの外」を知ることが優位性をもたらす

 日本社会のムラ、閉鎖された劇場化、情報統制、本当のことを大衆に教えない支配者など。これまで述べてきたことを逆に見ると、次のことが言えます。

 日本ではムラの外を知ることが、権力や富、支配力の源泉となる。

 これは歴史上の人物、過去150年間の起業家たちを見ても明らかでしょう。日本の外に通じて、世界で起こっている変化とのギャップを利用できる者が、起業に成功し、ビジネスを発展させ、国民を操る支配力を得てきたのです。

 この理由は主に二つ考えることができます。

 一つは、日本が島国で情報統制を行うことが容易であったこと、ならびに歴史を通じて、文化・技術輸入国としての作法を身に付けていたこと。

 遣唐使・遣隋使などは、支配層からすれば、最新の情報や技術を独占的に獲得し、それを閉じられた劇場である日本の中で行使できることを意味しました。

 二つ目は、日本が比較的大きな島国であり、大陸と適度な距離があり、文化的な進化とマーケットや独自の文化圏として存在するだけの規模を持っていたことです。

 箱庭のように閉鎖されていても、独自の文化圏を生み出すだけの規模がなければ、内外差を利用した支配、利益などのうまみがありません。日本には必要な人口があり、情報統制で支配する妙味があったのです。

 この点から、日本人が外に目を向けて、世界に真実があると考えた時代が、過去150年間での2回の飛躍を支えた理由もわかります。内外差が極めて大きくなり、そのギャップがさまざまなひらめきにつながったからです。

 土佐藩の坂本龍馬は、藩の方針に反する自らの信念のために脱藩しています。龍馬はその後、明治維新の立役者の一人となりますが、ムラの前提に拘束される日本社会では、自分の信念や善悪、倫理基準を貫くとき、脱藩が必要なのです。

 ムラから飛び出す日本人は、一定の割合で歴史や社会に大きな足跡を残します。彼らは、その時代の多数派が試さないことに挑戦する気概と能力があるからです。

 ムラの外に出ること、虚構の外側を知ることは飛躍や成功の大きな足掛かりとなる。日本の外に目を向けて、直接情報を海外から取得する。

 内外差が大きくなるほど、ムラの外に出た者、虚構の劇場の外を知る者が有利になる。日本の歴史からも、私たちは再び世界に目を向ける時代を迎えているのです。

(この原稿は書籍『「超」入門 空気の研究』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)