女子レスリングの吉田沙保里さんが10日、都内で記者会見を開き、正式に現役引退を発表した。会見での清々しい受け答えが、改めて日本中に感銘を与えた。中でも、父・栄勝さんへの変わらない信頼と尊敬に深く感じ入った人たちが多かったのではないか。私も沙保里さんと同世代の娘を持つ父親のひとりとして、「これだけ娘に愛されたら、父親冥利に尽きるだろう」という到底かなわない現実を思いながら、父・栄勝さんに改めて脱帽した。
引退の決断を真っ先に伝えた母・幸代さんとは「姉妹のような母子」と形容した。羨ましいほど情の通い合った親子関係は、レスリングに打ち込む日常から築き上げられた。
3歳から徹底して沙保里さんに「攻めのレスリング」を指導し続けた栄勝さんが、「霊長類最強女子」とまで謳われる「吉田沙保里選手」を育てた最初の指導者であることは言うまでもない。だが、案外光が当たっていないが、父・栄勝さんがコーチとして沙保里さんに与えた最大のギフトは、「別れ」だったと、私は取材を通して強く感じる。
18歳の吉田沙保里に立ちはだかった
「山本聖子」という大きな壁
すでに他の追随を許さない最強伝説を打ち立てた吉田沙保里さんが、「世界の沙保里」になる前の姿を想像するのは難しいが、18歳のころ、吉田沙保里は高い壁の前に立ちすくむ少女だった。どちらの道を選択するかで、「けっこう強い女子高生がいたよね」と、後に「消えた天才」と呼ばれる進路をたどる可能性も大いにあった。
高校生の中では世界にも敵がいなかった。世界カデット選手権に2連覇している。18歳で世界ジュニアでも優勝。だが、見上げれば世界王者の山本聖子さんがいた(現ダルビッシュ有夫人)。吉田沙保里は2歳上の山本聖子に初対戦から4連敗を喫する。