日本料理店からスタートし
上海のホテルオークラで修行

 1996年9月10日、中国で「教師節」と呼ばれる祝日に、丁は日本料理店『大漁』の1号店を上海にオープンさせた。

『大漁』幹部たちと丁会長。仕事中も「やからファッション」が丁スタイル Photo by N.N.

『大漁グループ』は現在、日本風の鉄板焼き店をメーンに、ラーメン店、海鮮どんぶり店、寿司店、パン屋など、さまざまな業態の飲食店を中国国内40都市で展開、総店舗数は300店を超える巨大飲食チェーンに成長した。

 だが、最初は刺し身や天ぷらなどを日本人駐在員相手に出す居酒屋的な日本料理店からのスタート。これが当たった。丁は言う。

「近くにジェトロとか三菱重工業とか、日系企業の支社がたくさんあって、お客さんは日本人と一部の金持ち中国人だけ。当時の中国はまだまだ貧しくて、ナマの魚を出すだけで中国人はびっくりしていた。ここで出会った日本企業の人たちには、すごくよくしてもらった。料理の味についてアドバイスもらったり、日本製のすごくよく切れる包丁をプレゼントしてもらったり。俺の人生、日本人との縁がすごくあるの」

 丁はもともと料理人上がりだった。高校を卒業すると、日系ホテル『オークラガーデンホテル上海』の日本料理店『山里』に採用され、修行を始めたときから日本との縁が生まれた。

「『山里』では日本人の先輩から厳しく教えられた。日本人の好みとか細やかな感性とかを学んだ。でも、当時はただの見習い。将来、自分が和食チェーンの経営者になるなんて考えたこともなかったよ」

 貧しい家の出の丁は、とにかく食べるために懸命に働いた。90年代の中国は経済が大きく動きはじめ、史上まれに見る急成長を始めた時期である。特に大都市の上海では、誰もがチャンスをつかもうと浮き足立っていた。