社会生活や人間関係を未経験の若者の引きこもりは長引くと深刻で、心身や家族関係に表れるが、定年男子はもろもろ経験済みの後の「自主的引きこもり」。

 ある意味、「ご隠居の道楽」である。「どこが悪いか?」と開き直られれば返答に窮してしまう。妻たちにすれば初めのうちこそ自室にこもってくれて手もかからず、出費もネット等の通信費だけで済むと安易に考えていたふしある。

 だが「お地蔵さん」は見えないところで変身していたのである。

 毎日の日課となった長時間のパソコン操作や多数の見えない相手とのやりとりは、仕事に復帰したような錯覚を起こさせるし、おびただしいネット検索を繰り返すうちに、自分は知識豊富で有能で、人を思い通りに動かせると思い込む「万能感」を育てた可能性もある。

 最近、高齢者ケアの関係者が最も警戒するのが、「預けた親の介護生活を隅々までチェックして、クレームをつける定年男子」だという。メディアやネットを駆使して、「自分の親」だけに最高にして最良のケアを要求する詳細な資料を次々に出してくる。

 やんわり断れば労働の効率化やカイゼン案、はては経営方針の転換まで、まるで仕事相手に対するように迫るらしい。多くはネットからのコピペだが、時間がたっぷりあるから対応する方も大変で、「その時間と熱意を親との会話やスキンシップに使う方が親孝行では」とぼやきたくなるそうである。

 もし定年男子が「パソコン万能感」で理論武装し、家庭内で管理職手腕を発揮して、妻に効率化やカイゼンを迫ったらたまったものではない。