当時ホンダマンだったあるOBが、「アキュラなんか絶対に失敗するに決まっている。そんなブランド力も商品もないんだから。自分のまわりの人はほとんど皆そう言っているのに、プロジェクトが止まらないんですよ。助けてください」と筆者に言ったことがある。むろん、筆者にはそれを止める力も助ける力もないのだが、まさしく悲鳴に近いものを感じた。

 ホンダというのはよくよく運のいい会社で、何か不都合があったときにたまたま大きな出来事が起きて、撤退の口実ができる。このときは2008年のリーマンショックだった。

 2007年に計画の進捗が思わしくなく、2年延期された翌年のことだったが、その延期のとき福井氏は「遅れるが絶対やりますよ」と言い張っていた。

「完全中止は本当によかった。だって、出す予定だったクルマがアコード(北米におけるアキュラ『TSX』)だったんですよ」(前出のホンダOB)

 この話には後日談がある。北米社長をやったその人物が、自分自身の発言がアキュラをやる根拠になっていることを知り、「俺は一言もそんなこと言ってねーぞ」と腹を立てたというのだ。

 このように、ホンダは企業統治に重大な欠陥を抱えている。

トップが明確な
ビジョンを示さない

 トップが明確なビジョンを示さないので、その下の階層が何をやったら経営陣が喜ぶのかを類推し、ご機嫌伺いのようなプランを提示するのだ。八郷社長は1年半ほど前、「2030年ビジョン」という中長期経営プランを出してはいる。

 だが、これはホンダ社内の各セクションにやるべきこと、やらなければいけないことをリストアップさせ、それを統合しただけのもの。ボリュームはパワーポイントで何十ページにも及ぶ。

「やるべきことがズラズラと書いてあるだけで、ホンダはどういう企業でありたいのかという意思がまったく感じられない。社内ではこれをベースに議論を進めるということになっているのですが、叩き台が不明瞭なため、みんな何を議論していいかということすらつかめずにいる。たまりかねた若手が管理職に『要するに何が大事なんですか』と談判したら、俺だってわかんねえよという返事が返ってきたなどという笑い話もあるほどです」(ホンダの中堅幹部)