1年に2、 3日だけかもしれない。でも、濃厚な時間を一緒に過ごすことで、みんなの「人となり」がしっかりわかる。すると、親しみのある感情が仲間に芽生えて、国籍や性別を越えて仕事がしやすくなっていく。それを実感したとき、強い組織をつくるには、非効率な時間が必要なんだと気がついた

時間をかけたわりに
信頼関係が育っていないワケ

 と言っても、漫然と時間を一緒に過ごせば信頼感が高まるかと言えばそうではない。

 対面で会ってわざわざ時間を一緒に過ごすのだから、ビデオカンファレンスで得られる以上のつながりをつくろうとしなければ意味がない。これからの時代、仕事のやり取りの大半がメールやチャット、ビデオカンファレンスなどに置き換わっていく中で、対面で話すことの意味は何なのかをきっと問われるだろう。

 そのとき、ビデオカンファレンスではなかなかわからないその人の趣味、生い立ち、バックグラウンド、人となりなど、人を知るために時間を使うという感覚や意識が求められる気がしている。もっと言えば、そこを意識的にやる人とやらない人の差が、仕事に出てくるんじゃないだろうか。対面でのコミュニケーションの価値は、こんな風に変わっていくのかもしれない。

 では、信頼感を高めるための対面でのコミュニケーションって何だろう。僕はそれを、お互いに話せることの境界線を広げていくことだと思っている。

 たとえば、家族の複雑な事情や病気のことなど、初対面の人には絶対話さない内容ってあるものだ。少しずつ仲良くなって病気のことを話すようになったとしたら、それはそれで境界線は1つ広がる。でも、その病気についていくら掘り下げようとしても、境界線はそれ以上広がっていかないだろう。

 一方で、小さい頃のコンプレックスだとか、ちょっとネガティブなフィードバックだとか、「お互いまだ話して良いことだと思っていなかったこと」に対してちゃんと時間を使うなら、境界線はもっと広がっていくんじゃないだろうか。信頼感も少しずつ確実に高まっていくはずだ。