カート・アンダーセン 著
(東洋経済新報社/各2000円)
米国は、風変わりな国だ。独特の変わったところがある。かつて日本人は、そのライフスタイルや文化を、ひたすらに仰ぎ見て取り入れた。だが今日では、冷静な観察と認識が広がっているように思える。
生粋の米国人である著者が、「幻想」に満ちた米国という視角で、建国以前の歴史に遡(さかのぼ)り、その実態を分かりやすく描いたのが本書だ。進化論を教えない学校があり、聖書の文言が一字一句正しく、神が六日間で全てを創造したと考える者が約3分の1にも上るのは、各自の信仰心を絶対視した17世紀の植民当初に遡る伝統である。魔術や奇跡を信じていても、占星術やマヤやアステカの神話を信じていても、今日まったく自由である。
幻想を信じ込む自由は、米国に明るさをもたらした。ディズニーランドやハリウッドは、隆盛を極めている。カルト的な創業者に率いられ、信者のような顧客を得られたからこそ、アップルやアマゾンは、異常な成長を遂げた。
どれほど変わった考え方でも、個人の信念に留(とど)まる限りは無害だ。宇宙人に誘拐された経験談がベストセラーになっても、終末が近いと信じて隔離された環境で生き残ることを目指す「サバイバリスト」が増えても、それだけなら、他人に大きな迷惑をかけない。
しかし、合衆国政府が共産主義者に乗っ取られる日の蜂起に備えて武装する人々は、銃規制を妨げ、しばしば起こる乱射事件の土壌をつくっている。ワクチンが自閉症の原因になると喧伝する活動家は、集団免疫を崩壊させ、感染症の流行を促すことになる。でたらめな民間療法の宣伝は、スティーブ・ジョブズの命をも縮めてしまった。驚異の現代文明をもたらした「科学」と、幻想に基づく呪術的思考が共存するのが米国の現実である。
政治への影響は、今日、大問題だ。理性と混沌の間のバランスを取り、決定的な局面では理性に従ってきたのが、米国の歴史だった。だが、ここ半世紀ほどでその均衡が崩れ、もはや決定的になったというのが、著者の見方である。
いまや、政治とショービジネスの区別がつかなくなり、陰謀論が公然と、しかも指導者の口から語られる。その嘘(うそ)が暴かれても、単なる駆け引きだと言い募る。テレビ番組はフィクションと現実を区別せず、事実についての信頼できる情報源がなくなった。深刻なのは、主流派のエリートが妥協し、幻想に迎合していることだ。かくて、米国は永遠の混乱と衰退に陥りつつある。そう著者は警告する。
やっかいなのは、米国の命運がわれわれと連動することだ。本書の警告は、他人事(ひとごと)ではない。
(選・評/東京大学教授、信州大学教授 玉井克哉)